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最初から完璧なものなんて─さすらい駅わすれもの室「幸運のクローバー」

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幸せのハードルを下げる

子どもの頃から幸せのハードルは低いほうだった。喘息持ちだったので、発作が出ると、咳で背中が割れそうになるし、お医者さんにぶっとい注射を打たれる。普通に息ができるだけで幸せだった。

高校生のとき、同級生のことも文房具も何でもかんでも「可愛い」とほめていたら、「あんたの可愛いはあてにならへん」と呆れられた。「おめでたすぎる」とも言われた。

幸せのハードルが低いということは、幸せの守備範囲が広い、つまり、幸せが網に引っかかりやすいということだ。

おめでたい分だけ幸せを受け取れて、おめでたい。そのほうが楽しいしラクだと歳を重ねるにつれ思う。

今井雅子作 さすらい駅わすれもの室「幸運のクローバー」

さすらい駅の片隅に、ひっそりと佇む、わすれもの室。そこがわたしの仕事場です。 ここでは、ありとあらゆるわすれものが、持ち主が現れるのを待っています。 傘も鞄も百円で買える時代、わすれものを取りに来る人は、減るばかり。 多くの人たちは、どこかに何かをわすれたことさえ、わすれてしまっています。 

だから、わたしは思うのです。ここに来る人は幸せだ、と。 

駅に舞い戻り、窓口のわたしに説明し、書類に記入する、 そんな手間をかけてまで取り戻したいものがあるのですから。

わすれもの室の扉を開けて、その⻘年が姿を現したとき、胸の奥を小さなトゲで刺されるような、懐かしい痛みを覚えました。深い憂いが影を落としたような思い詰めた顔を遠い昔に見たことがありました。

もちろん、わすれもの室にやってくる人たちは、大抵思い詰めた顔をしています。わすれものが見つかるだろうか、見つからなかったらどうしようかと、不安で頭がいっぱいになっているのです。

けれど、その⻘年は幾日も幾日も思い煩い、悩み惑い、苛立ちと怒りと諦めとやるせなさを煮詰めたような、ひどい顔になっていました。

「四つ葉のクローバー届いていませんか?」

⻘年は切羽詰まった早口で用件を告げました。
一気にまくし立てたので、何か単語が抜け落ちたのではないかとわたしは思いました。

例えば、四つ葉のクローバー模様の紙袋。四つ葉のクローバーが描かれたノート。それとも四つ葉のクローバーの刺繍が施されたブックカバーでしょうか。四つ葉のクローバーの柄の傘かもしれません。

「お探しものは、四つ葉のクローバーの、何でしょうか?」
「四つ葉のクローバーです」

ひと月前、駅の裏庭で落としたと⻘年は早口で続けました。列車に乗り遅れそうになり、近道をしようと裏庭を突っ切ったとき、手帳に挟んであった四つ葉のクローバーを草むらに落としてしまったと言います。

「ひと月前に裏庭で落とされた四つ葉のクローバー、ですね。残念ながら、そのようなわすれものは届いていませんが」
「だったらまだ裏庭にあるということですね!」

そう言うなり、⻘年はわすれもの室を飛び出し、裏庭へ駆け出しました。

わたしは青年を追いかけ、四つ葉のクローバーを一緒に探すことにしました。

当然です。わすれものを持ち主の手に戻すのが、わたしの仕事ですから。そして、どこかで会った気がするその⻘年を放っておけない気持ちにもなっていました。

草むらをさぐる間、⻘年は、いかに自分の人生がうまくいっていないかを延々と語り、さらに、この一か月は悪いことが立て続けに起こっていると嘆き、すべてはあの四つ葉のクローバーをなくしたことが原因なのだと訴えました。

⻄陽が裏庭を茜色に染め、やがて線路の向こうの山に日が沈み、そろそろ引き上げどきだとわたしは判断しました。

「あなたが落とされたものとは違いますが」

そう言って、わたしは摘んだばかりのクローバーを⻘年に差し出しました。駅のホームからこぼれた灯りが、わたしの手元を照らし、クローバーの四枚の葉っぱを浮かび上がらせました。

「四つ葉のクローバー! よく見つけましたね!」

声を弾ませてわたしの手からクローバーを奪った⻘年は、次の瞬間、「なんですかこれは!」と怒りだしました。

⻘年の手の中で、クローバーは二つに分かれていました。わたしが差し出したのは、三つ葉のクローバーに、葉っぱをむしって一つ葉にしたクローバーをあわせた、三足す一(さんたすいち)の四つ葉のクローバーだったのです。

「ふざけないでください! こっちは人生がかかっているんです!」

⻘年は声を震わせ、二本のクローバーをわたしに突き返しました。

「ふざけてなんかいません」とわたしは心の中で応じました。こっちだって、人生をかけて学んできたのです。

最初から完全なものを手に入れるのは難しいけれど、足りないところを自分で補えば幸せの形になる。なかなか見つからない四つ葉のクローバーを探し続けるより、三足す一(さんたすいち)の四つ葉のクローバーを作って微笑む人生のほうが楽しくてラクなのだ......。

⻘年よりも⻑く生きてきて、⻘年よりもたくさんの眠れない夜を過ごしてきたわたしは、そのことを伝えたかったのですが、うまく伝わらなかったようです。つまずくこと、しくじることにかけてはベテランなのですが、伝えるチカラはまだまだでした。

わすれものを取り戻せなかった⻘年は、来たときよりも思い詰めた顔で帰って行きました。

裏庭の草むしりをしながら、ときどき、あの日の青年のことを思い出します。

彼は今も、思い詰めた顔で四つ葉のクローバーを探しているのでしょうか。今も、思うようにならない人生を、なくした四つ葉のクローバーのせいにし続けているのでしょうか。

遠い日のわたしを思い起こさせたあの⻘年に、
どうか、幸運のクローバーが見つかりますように。

※2023.4.18 《三足す一》を《さんそくすー》と読んでしまう
ひろさん対策で《三足す一(さんたすいち)》とルビをつけました。

どこかで会ったことのある青年

秋元紀子さんのClubhouseひとり語りで読んでいただいた。

「四つ葉のクローバー見つけるの得意だった?」と聞かれた。

わたしは下手くそだった。探しても見つからないので、すぐに飽きて、シロツメクサで花輪を編んだ。編み終える頃には白い花が茶色く薄汚れてしまうのだけど、シロツメクサというのは、あんなに短い時間に萎れてしまうのだろうか。

四つ葉のクローバーを見つける達人もいた。秋元さんもそうで、パッと目に飛び込むらしい。

それから、「どこかで会ったことある青年」について意見を交わした。昔の自分を見ているようで、ほっとけなくてかけた言葉は届かなくて。青年だった「わたし」は、はねのける側だったことがあったのかもしれない。はねのけつつ、誰かにかけられたその言葉を気に留めていたのかもしれない。手帳にはさんだ栞がわりのクローバーのように。

安房直子さんの「天窓のある家」

「幸運のクローバー」から秋元さんが連想し、続けて読んでくれた安房直子作品は「天窓のある家」。

こぶしの木の影に手を伸ばすと、花の影がつまめて、その影を家に持ち帰る「ぼく」。その日から「かえして かえして 影をかえして」という声が聞こえるようになるが、ぼくの人生は上向く。だが、影をとられたこぶしの木は弱ってしまう。

四つ葉のクローバーを落としてから不運続きだと嘆くわすれもの室の青年と、こぶしの花の影を拾ったのをきっかけに調子づく「ぼく」。鏡に写したようなアンサーストーリー。

短編12編を集めた「春の窓」におさめられているそう。

clubhouse朗読をreplayで

2022.7. 宮村麻未さん

2022.8.17 酒井孝祥さん

2023.1.28 宮村麻未さん

2023.3.20 こもにゃんさん

2023.4.18 ひろさん

2023.7.12 鈴木順子さん

2023.7.12 こたろんさん

2023.9.11 宮村麻未さん(「イジラとクルカ」も)


目に留めていただき、ありがとうございます。わたしが物書きでいられるのは、面白がってくださる方々のおかげです。