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口癖は語る─さすらい駅わすれもの室「センセイという名の鳥」

脚本作りのワークショップをやるとき、キャラクターを深める手がかりに質問を用意する。「好きな色は?」「休みの日、何してる?」「子どもの頃の夢は?」など。

その中に「口癖は?」がある。

「めんどくせ」が口癖の人と「喜んで」が口癖の人では、そこから想像する人となりがずいぶん違ってくる。きょうだいや幼なじみや同僚に違いをつけたいとき、口癖から考えてみたりする。

今井雅子作 さすらい駅わすれもの室「センセイという名の鳥」

さすらい駅の片隅に、ひっそりと佇む、わすれもの室。そこがわたしの仕事場です。 ここでは、ありとあらゆるわすれものが、持ち主が現れるのを待っています。 傘も鞄も百円で買える時代、わすれものを取りに来る人は、減るばかり。 多くの人たちは、どこかに何かをわすれたことさえ、わすれてしまっています。 

だから、わたしは思うのです。ここに来る人は幸せだ、と。 

駅に舞い戻り、窓口のわたしに説明し、書類に記入する、 そんな手間をかけてまで取り戻したいものがあるのですから。

一番電車が走り出す前の朝早く、「センセイ!」と呼ぶ悲痛な声が、わすれもの室まで届きました。

「センセイ! センセイ!」

その声がなかなか止まないので見に行ってみたところ、ホームにぽつんと置かれたベンチの手すりを止まり木にして、彼は「センセイ! センセイ!」と甲高い声で繰り返していました。⻩色いくちばしと黑い羽を広げたり閉じたりしながら。

大切に飼われていたことが一目でわかる、艶やかな羽をしていました。わたしが手を差し伸べると、彼は、ベンチの手すりからわたしの手の甲へひょいと移りました。

九官鳥をわすれもの室に連れて帰ると、静まり返っていた部屋の中は、「センセイ!」の声と、バサバサとせわしなく羽を開け閉めする音で、たちまちにぎやかになりました。

これまでにも生きているわすれものが届けられたことはありました。生まれたての子犬や子猫。ハムスター。高価なものらしいクワガタ。ときには蛇やカメレオンも運び込まれます。鳴き声や物音を立てるわすれものは珍しくありませんが、おしゃべりをするわすれものは初めてでした。

「センセイ!」が口癖の九官鳥に、わたしは「センセイ」と名づけました。

きっと立派な先生のところで飼われていたのでしょう。お医者さん。政治家。弁護士。作家の先生かもしれません。九官鳥が口癖にしてしまうほど、いつも、まわりから「センセイ! センセイ!」と呼びかけられている人物なのでしょう。

「センセイ! センセイ!」

会えなくなった飼い主を呼び求めるように、わすれものの九官鳥は鳴き続けました。けれど、九官鳥のセンセイが飼い主先生の元に戻ることは、もうないかもしれないとわたしは思いました。飼い主先生は、きっと、とても忙しいはずです。飼っていた鳥がいなくなっても、気に留める余裕などないかもしれません。

ところが、ほどなくして、飼い主だと名乗る人物が現れたのです。

「センセイとしゃべる鳥がこちらにいるという噂を聞きつけまして、私のところにいた九官鳥ではと思うのですが」

消え入りそうな声で告げたその初老の小柄な男性は、わたしが想像した飼い主とはだいぶ雰囲気の違う人物でした。

「あなたのものだと、どうやって証明できますか」
「会わせていただければわかります」

鳥かごの前まで男性がやって来ると、九官鳥のセンセイは黑い羽をバタバタさせ、全身で喜びを表しました。わたしには見せたことのない歓迎ぶりです。

「どうやら、あなたのものに間違いがないようです」

受け取り書類にサインを済ませると、男性はセンセイを手にのせ、

「勝手にいなくなっちゃダメだよ、キューちゃん」と呼びかけました。

「センセイ!」と元気良く九官鳥のキューちゃんは返事をしました。

わすれものの九官鳥の里親になる覚悟をなかば決めていたわたしは、安堵と嫉妬のまじった複雑な思いで、再会を果たした一羽と一人を見ていました。

「つかぬことをうかがいますが、何の先生をなさっているのですか」

去り際の男性をつかまえて、わたしは聞きました。すると、「私は何の先生でもありません」と意外な答えが返ってきました。

「『センセイ! センセイ!』と繰り返すので、てっきり飼い主の方は何かの先生なのだ
ろうと想像していたのですが」

わたしが言うと、そうだそうだと相槌を打つように、「センセイ!」と九官鳥のキューちゃんが鳴きました。

「ああ、先生を追いかけるのが私の仕事なのです」

男性はそう言って、続けました。

「作家の先生から原稿を預かって本にするのですが、締め切りを守ってくれない先生が多
くて、『先生! 先生!』と年がら年中せっついております」

飼い主の口癖が、そのまま飼われている九官鳥の口癖になったというわけでした。

「センセイ!」の鳴き声にどこか悲痛な響きが感じられたのは、飼い主が作家先生に原稿をせっつく必死な姿を真似して覚えたからなのでしょう。

「センセイ!」の声が次第に遠ざかり、やがて聞こえなくなりました。わすれものが持ち主の手に確かに戻ったのを見届けて、わすれもの室に戻ると、鳴き声も羽の音もしない、いつもの静けさが戻っていました。

もし、あの九官鳥がこのわすれもの室で飼われていたら、どんな口癖を覚えたでしょう。

「ありますか?」でしょうか。それとも「ありました!」でしょうか。

なぜ「センセイ」が口癖になったのか

秋元紀子さんのClubhouseの部屋「秋元紀子🌹 朗読でもなく一人芝居でもないひとり語り」で「わすれもの室」を読んでいただく4日目。

2015年11月、宮崎県域ラジオ番組「いっちゃがラジオ」で濱﨑けい子さんに読んでいただいたが、久しぶりに原稿を読み返して、全面的に加筆した。

とくに大きく変えたのは、ラスト。2015年版では、わすれものの九官鳥の飼い主は「学校の先生」で、九官鳥は先生の還暦と退職を祝って贈られたものだった。

ところで、なぜ「センセイ」なのですか。去り際の男性をつかまえて、わたしは聞きました。男性はかつて学校の先生でした。立派な九官鳥は彼の還暦と退職を祝って教え子たちがお金を出しあって贈ったものだったのです。九官鳥とともに隠居をしている彼の元には教え子たちがひっきりなしにやってきて、センセイ、センセイと呼びかける。それを九官鳥は覚えたのでした。

飼い主が「先生!」と呼ばれているより、「先生!」と呼んでいるのを九官鳥が覚えたほうが面白いなと思い、締め切りを守らない物書き先生を追いかける飼い主にした。

また時が経てば、別な先生を思いつくかもしれない。

安房直子さんの「すずめのおくりもの」

秋元紀子さんのひとり語り部屋では、「わすれもの室」の一篇から連想した安房直子作品を選んで読んでいただいている。今日はどんな作品とどんな風につながるのか、アンサーソングならぬアンサーストーリーが毎日楽しみになっている。

「センセイという名の鳥」に続けて秋元さんが読んでくださったのは「すずめのおくりもの」。

これからの季節にぴったりな、新一年生になるすずめたちがにぎやかに登場するお話。

豆腐屋さんにやって来て、お豆腐を作ってくださいと口々にお願いするすずめたち。すずめと豆腐という組み合わせはどこから降ってくるのか、安房直子さんの発想のやわらかさにいつもながら感心する。

出来上がった豆腐をお揚げにしてくださいなと言うすずめたち。お揚げとすずめは色が似ているなと、こちらも想像が羽ばたきだす。さらに、そのお揚げを半分にして、いなり寿司に。ぷっくり膨らんだ形は、ますますすずめに似ている。ひとつ余ったいなり寿司の行き先まで可愛くて心憎くて、チュンチュンキュンキュン。

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脚本家・今井雅子(Clubhouseで脚本塾やります)

最後まで読んでいただきありがとうございます。脚本参加しているユニバーサル・オーディション「ルーツ」について書いたnoteをマガジンにまとめています。読んでいただけるとうれしいです。https://note.com/masakoimal/m/m654df923d4a7

ありがとうございます。アップルパイにはアイスを添える派です。
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