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銀座でハニトーを食べられる時間貸しオフィスで脳を喜ばせる働き方

先週のこと、カラオケパセラのハニートーストと目が合い、脳内にあふれ出した甘い匂いに誘われて、「カラオケパセラのテレワークはオフィスより快適だった」という記事を読んだ。

放浪フリーランスに朗報!!のDropin

パセラと言えば、ハニトー。ハニトーと言えば、パセラ。そのパセラのカラオケルームを仕事場にできるらしい。実証実験中のDropin(ドロッピン)というワークスペース検索・予約サービスを使うと、室料が無料らしい。

むっちゃええやないか。

オフィスを持たず、打ち合わせをハシゴするフリーランスは放浪の民だ。打ち合わせと打ち合わせの間に空く時間をつぶす「どこか」が仕事場になる。打ち合わせがばらけた後、「この辺でいい場所ない?」と聞き合う。長居しても追い出されない店。資料やパソコンを広げられる店。ダダダダダっと機関銃みたいにパソコン打っても、まわりのお客さんに嫌な顔されない店。できれば席で電話に出ても誰にも迷惑かけないくらい空いている店。

突き詰めれば個室。カラオケルームって理想ちゃう?

みんなー、ええサービスあるで!

早速登録しようとすると、何度やっても入力画面に戻ってしまう。オフィスワーカーのテレワークだけが対象でフリーランスはお呼びやないんか。しょぼん。

「dropin 登録」でTwitter内検索をかけると、運営の方を見つけた。過去に他の方の質問に答えているツイートがあった。親切そう。この人に聞いてみよう。

「フリーランスの方も大丈夫です!」

やっぱり親切な人だった。

登録がうまくいかない原因をいろいろ探ってくれ、結局TwitterのDMでメールアドレスを伝える形で代理登録してくれた。ビフォーサービスから感じが良い。ハニトーの甘さと矛盾しないのがうれしい。ここで塩っぱい対応をされたらハニトーまで嫌いになってしまうところだった。

在宅勤務で「出勤」する

会社員からフリーランスになって15年。在宅勤務歴も15年。会社を辞めて一番大きな変化は通勤がなくなったことだった。自宅が仕事場なら通勤時間0分。でも、家で仕事するときにも「出勤」というスイッチが必要だとフリーになってすぐに気づいた。

当時、ダイニングキッチンの丸テーブルを仕事場にしていた。仕事をするときは、朝食を食べる席から120度ずれた席に移った。それが「出勤」だった。「月刊デ・ビュー」という雑誌にインタビューされたときに「時間や距離じゃなくて角度が移動の単位になるのが斬新」と言われた。

パソコンから顔を上げると正面の流し台に絶妙なバランスでそびえる洗い物の食器の山が目に入る位置に、120度ずれた仕事席はあった。気分転換に皿を洗ったり、スープの野菜を刻んだり。「キッチンライター」を名乗っていた。

子どもが生まれると、保育園へ送るのが「出勤」になった。引っ越して仕事部屋を持つようになり、子どもが小学校に上がると、ベランダの水やりが「出勤」になった。ベランダから室内に降り立ち、仕事モードの改札を抜ける。

在宅勤務でのオンオフの切り替えは板についているつもりだった。コロナ禍で突然リモート勤務を言い渡された友人たちが「自宅だと調子が出ない」「仕事スイッチが入らない」「人恋しい」などとこぼすのを、わたしもかつて通った道だよと先輩面して聞いていた。

ところが、仕事がまるで手につかなくなった。休校になった娘とリモート勤務を推奨された夫が家にいて、さっき朝ご飯を作ったと思ったら昼ご飯を作り、晩ご飯を作り、一日中ご飯を作っている。それも理由。家族がいると、休日気分になって仕事スイッチが入らない。それも理由。

一番の理由は、外出がままならなくなり、気持ちが塞がってしまったことだった。家中の窓を開け、一日中換気扇を回し、空気清浄機もつけていたけれど、気分の換気ができていなかった。

在宅勤務といっても、それまでは決まった曜日に定例打ち合わせが入っていたし、企画の相談や人の紹介や取材など、外で人と会う用はちょくちょくあった。一日中家にいる日は週のうち数日だった。本や資料や脚本を読むのは外のほうがはかどるから、外に出るついでにカフェで読みものをしていた。

それらがパタリとなくなった。書きものも読みものも家の中だけになり、打ち合わせもオンラインになった。映画や演劇や寄席にも行けなくなった。至るところに物が散乱して、見えている床面積が20平米あるかないかの家の中でパソコン持って放浪したけど、気分はあまり変わらなかった。ベランダにも出てみた。陽射しが強すぎて、画面が見えなかった。

「移動」は脳にとってのハニトーだった

自粛が明けても打ち合わせはリモートのままで、相変わらず家の中をぐるぐるしているところにDropinのことを知った。「打ち合わせの間を埋めるんじゃなくて、外で仕事するために出かける」のもいいなと思った。

登録を手伝ってくれた親切な人、山本清人さんのTwitterプロフィールには「場所と時間の制約から解放する新しい働き方を探求」とあった。ツイートをたどると、面白い記事を見つけた。

在宅勤務かオフィス通勤かの二者択一ではなくフレキシブルなワークプレイスを選択肢にもつことも、多様な移動により幸福スイッチを入れるきっかけにつながるということなのだろう。

というコメントを添えて山本さんが引用リツイートした《幸せの鍵は新しい場所!人の脳は「移動」を快楽と捉えていた》という記事。冒頭のポイントを読んだだけで、「おおっ」となった。

☑️人間の脳には移動に喜びを感じる特別な幸福回路がある
☑️幸福回路は記憶を司る海馬と快楽を支配する線条体の間に配線されていた
☑️新しい移動を行うことで誰でも幸福回路を強化できる

ということは、ステイホームで移動を奪われた数か月、脳にご褒美をあげていなかったことになる。

仕事がはかどらなかったのは、幸福回路が詰まっていたから。自宅で仕事を完結できてしまうフリーランスの物書きこそ、自宅で閉じてしまってはいけなかった。

移動は脳にとってのハニトーだった。ならば、パセラに向かおう。わたしにはハニトーを、脳には移動の快楽を。

と気分が高まった矢先に「パセラのハニトーくらい自分に甘い場所で、ハシビロコウの顔くらい自分にストイックでいるのが最高」と岸田奈美さんがツイート。なんやこのタイミング。

書を携えよ町に出よう

プロデューサーから送られてきた原作(「これ読んでもらえませんか?」と本が送られてきて感想を伝えるところから企画が始まることが多い)とパソコンをカバンに入れて、銀座に向かった。わたしは極度の近視で、ギョッとされるほど画面に顔を近づけるので、人前ではパソコン作業をしない。でも、個室ならば人目を気にしなくていい。映像モニターにパソコン画面を映せるかどうかも試してみたかった。

Dropinにはパセラ以外のお店も登録されているが、ハニトー狙いなので迷わずパセラを選ぶ。お店は銀座に。去年11月、「リダイン銀座」というお店のサラダ会員になり、サラダを取りに行くために定期を買って通っていた。コロナ禍で足が遠のき、3月末にサラダ会員サービスが終了する前に銀座へ行かなくなっていた。

久しぶりに銀座を歩いてみたかった。

3か月余りぶりの銀座。何もかもが眩しいくらい懐かしい。誰もがマスクをしている以外は、以前のにぎわいが戻っているように見える。平日の昼間の人出はこんな感じではなかっただろうか。ランチメニューの看板をいちいち読んでしまう。コロナ対策してますの張り紙も読み込んでしまう。新鮮な景色。脳が喜んでいると思うと、気分が上がる。

Dropinのアプリでは、「近くにあるワークスペース」を地図上で示してくれる。空き状況や行き方も調べられる。

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銀座から東銀座へ。GINZA SIXの先に目指すパセラがあった。店の前まで来てからDropinで予約を入れる(今は時間予約ができない模様)。

受付で「Dropinで予約しました」と伝え、QRコードを読み取ってチェックイン。検温(モニターに顔をかざす形。わたしの顔ではうまく反応せず、おでこに近づけてピッと測る機械で)した後、受付の紙を持って地下カウンターへ。

「18時までご利用できますが、ご利用時間は何時間ほどのご予定ですか?」と聞かれ、2時間と答える。サービスドリンクの希望も聞かれ、個室に案内される。4、5人座れそうなソファと大きな角テーブルと大画面モニター。銀座でこの広さのスペースと設備を独り占めして仕事場にできるとは、贅沢すぎないか。

カラオケに来ること自体が久しぶりだ。最後に行ってから一年は経つかも。

大画面モニターでは熱帯魚が泳いでいる。ヒーリング音楽っぽいものがBGMにしては大音量で流れている。ドリンクのオーダーなんでしたっけと訪ねて来た店員さんに「音量を小さくできますか?」と聞くと、オーディオ機器のボリュームを絞ってくれた。

サービスドリンクは温かい紅茶にした。お目当てのハニトーを注文。一人なのでアイスもチョコものっていない一番シンプルなもの。「ハニートースト」はパセラの登録商標らしい。Wi-Fiのパスワードにも8210(ハニトー)が入っている。

Wi-Fiに接続してみる。むむっ。弱い。地下1階だからか。お得なパセラ会員登録をしたいのに、サイトにつながらない。4Gで接続。

パソコン作業はやめておき、読書に専念することに。自宅でパソコン作業ははかどるのに、本や資料を読むと眠くなる。ステイホーム中の読みものは睡魔との戦いだった。脚本を数十本読む仕事にむちゃくちゃ時間がかかった。

最初の数ページを読んだところで、紅茶とともに、ハニトーが到着。

でかい。こんな大きかったっけ。

思っていたより小さいガッカリは何度も体験しているが、思っていたより大きいビックリは珍しい。

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どこから食べようか。はしっこから少しずつ攻めていく。

ハニトーを食べ進めつつ、本を読み進める。

外で読みものがはかどるのは、ページの外の情報量が少ないからだ。自宅にいると、余計なものが視界に入る。部屋の隅に築かれた未決のあれこれの山。取り込んだままの洗濯物。音も入ってくる。適度なざわめきはあったほうが集中できるけど、大音量のスピーカーで訴えながら走ってくる車は想像をかきたててしまう。チャイムの音に否応なく読書を中断させられ、同じページを読み直す羽目になる。

カラオケルームはいい。洗濯物もないし、チャイムも鳴らない。気が散らないから集中できる。

と思ったら、隣の個室に若者らしきグループが乗り込んだ。男女2人ずつぐらい。時折笑い声が聞こえる。みんな元気で良かったと微笑ましくなるのが今時だ。

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ハニトーが進む。読書も進む。

いいぞカラオケルーム読書。

しかし、ここで罠が。甘いものを食べると眠くなる。ハニトーが睡魔を連れて来た。

そろそろ出よう。チェックインから2時間半。思ったより時間が早く過ぎていた。居心地が良かったってことだ。後から入った隣の若者グループのほうが先に出ていた。予定の2時間を過ぎても「お時間です」の催促コールはなかった。部屋が空いていればそのまま18時まで使えたのではと思う。

伝票には利用料金が記されていた。30分300円。2時間半ということは1500円。これがDropinでの利用だと、今なら無料に!?  

おそるおそる伝票を差し出すと、

「追加でハニートーストをご注文いただきました。お会計650円です」

ほんとに室料は無料だった。ワンドリンクもサービス。

「あのー、このクーポン使えますか?」

おそるおそる登録したばかりのパセラ会員クーポンを見せると、

「もちろんです」

「いいんでしょうか。今日まったくお金使ってないんですけど」

「使えるものは使ってください」

ええな、ええな。パセラ。マスクしてても、いや、マスクしているから余計に、目の表情や声のトーンがものを言うけど、皆さん感じが良い。伊豆のパセラリゾーツも良かったけど、銀座のパセラの店員さんも余裕がある。この余裕がリゾート感か。

時間貸しオフィスにリゾート感がついてくる。気分ええやないか。

ちなみにクーポンの文言をよく読むと、「お好きなハニートースト」とある。アイスやチョコがかかっているハニトーも無料になるみたい。太っ腹やないか。

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銀座で感じた「withコロナ」時代

今回は試せなかったけど、自分のパソコン画面をモニター画面に映せるなら、プレゼンや講演のリハーサルに使える。zoom会議も大画面でできる(Wi-Fiが強いとこなら)。役者さんや落語家さんの稽古にも使えるし、そこから配信もできる。そう言えば、カラオケルームから配信していた落語家さんがいたっけ。

ソーシャルディスタンスを保てることに加えて、人目を気にせず仕事できるというのも個室の良さ。わたしは脚本を書くときにブツブツとセリフを言っているらしく、家族には気味悪がられる。娘が小さい頃、「ぶっ殺す」というセリフを口にして怯えさせてしまったこともあった。カラオケルームなら心置きなく声に出せる。物騒なセリフや際どいセリフも言える。

とくに、この日のわたしにとって、まわりに他のお客さんがいないのは幸いだった。

あろうことか、左右の靴がバラバラだった。
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2か月ぶりに電車で出かけた5月、マスク着けるのを忘れるという失態があった。車内の人たちの刺すような視線で気づいた。今日は大丈夫。マスクしてる。と思ったら、口元に気を取られて足元に気が回っていなかった。

ステイホームで外出感覚が鈍るにしてもほどがある。

心なしか足元に視線が集まっている気がした。恐竜総柄の通園用肩掛けバッグ(これしかパソコンが入らなかった)を掛けているのも十分違和感あるだろうし、「狙ってアシンメトリー」に見えなくもないのでは。道行く皆さんに生温かく見過ごしてもらえますようにと祈った。

誰かに「左右違いますよ」と突っ込まれたら、「そうなんですよー」と明るく答えて一緒に笑ってもらおうと思ったけど、誰も寄って来なかった。怪しすぎたか。

そもそも、わたしが思うほど、誰もわたしの足元なんて見ていなかったかもしれない。行き交う人たちはマスクした顔を上げて、目当ての店や用に向かっていた。それぞれの脳を喜ばせるのに忙しかった。自分の幸福回路が開いていたら、人の靴が左右揃っているかどうかなんて、どうでも良くなる。

逆に考えると、マスク着用を見張る自粛警察の容赦なさは、移動を制限されて幸福回路が詰まっていることも関係しているのだろうか。

人が移動すると、ウイルスもついて来る。でも、ウイルスの動きを封じるために人の動きを封じるのではなく、ウイルスと折り合いをつける道を探して歩きたい。

自粛は引き算だけど、感染予防行動は足し算。

マスクを着けた三越のライオンは、鼻と口を覆われた分、前を見据える目が際立って、いつもより意思を感じさせる顔つきに見えた。ライオンは動けず、ずっとそこにいるけど、「感染予防をして、堂々と買い物に来てください」と語りかけているようだった。「withコロナ」の象徴みたいだと思った。

そんな発見も脳にハニトーを届けて、幸福回路を拡張してくれたかもしれない。

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目に留めていただき、ありがとうございます。わたしが物書きでいられるのは、面白がってくださる方々のおかげです。