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たまたまが重なって─さすらい駅わすれもの室「思い出せない絵本」

2023.6.27 お知らせ📢「さすらい駅わすれもの室」をkindle出版しました。kindle unlimited(月額980円 初回利用は30日間無料)では0円でお読みいただけます。

clubhouseのつながりから生まれた「本読む彼らのお年玉」「思い出せない絵本」「語り部の記憶」は、次作以降に収められたらと思います。


偶然なようで必然なようで

2021年5月31日からClubhouseで続いている膝枕リレー(短編小説「膝枕」とその外伝の朗読&創作リレー)でつながった人たちが絵本『わにのだんす』に出会い、読みつないでくれている。

ある夜、膝枕朗読ルームのオーディエンスの中に『わにのだんす』を読み聞かせしている人がいたのが、きっかけだった。

その人がたまたまスピーカーに上がってそのことを伝えてくれ、たまたま同じルームに居合わせた人たちが『わにのだんす』を手に取ってくれ、Clubhouseで読み始め、その人たちの朗読を聴いて、次々とわにを手元に迎える人が現れた。

それぞれのわにとの出会いはたまたまで、何かしら響くものを感じ、内なるしっぽが反応した人たちが、わにの輪に加わり、わにを踊らせている。さらに二次創作作品が放流され、それを読む人が現れ、拍手と笑いと熱量が複利で増えて循環しているさまは、まさに、この絵本とともに届けたいと思った「金持ちより人持ち」で、偶然が重なると必然になるのだなと感じている。

2021年11月28日には「わに祭り」が開かれたが、2022年2月2日には日付(0202)にちなんで「ワニワニパニックわに祭り」(replayはこちら)が開かれることに。

さすらい駅わすれもの室にだんすわにが現れる物語「本読む彼らのお年玉」も読まれるということで、その後日談を書いてみた。

今井雅子作 さすらい駅わすれもの室「思い出せない絵本」

さすらい駅の片隅に、ひっそりと佇む、わすれもの室。そこがわたしの仕事場です。 ここでは、ありとあらゆるわすれものが、持ち主が現れるのを待っています。 傘も鞄も百円で買える時代、わすれものを取りに来る人は、減るばかり。 多くの人たちは、どこかに何かをわすれたことさえ、わすれてしまっています。

だから、わたしは思うのです。ここに来る人は幸せだ、と。

駅に舞い戻り、窓口のわたしに説明し、書類に記入する、 そんな手間をかけてまで取り戻したいものがあるのですから。

新しい年が始まって、ひと月ほど経ったある日のことです。「お探しのものは何ですか」と聞いたわたしに、その人は「絵本です」と答えました。

絵本はわすれもの室の常連です。駅のベンチや列車の座席に置いてけぼりにされた絵本が次々と持ち込まれ、本棚はちょっとした図書館の絵本コーナーのような眺めになっています。わたしは毎朝、並んだ絵本の背表紙を眺め渡し、今どんな絵本が持ち主を待っているかを確かめます。題名を言われたら、すぐさま「あります」か「ありません」かを答えられるように。

ところが、「お探しの絵本は、なんという題名ですか」とわたしが尋ねると、
「それが、わからないのです」とその人は答えました。

題名を覚える前に、絵本をなくしてしまったということでしょうか。

「では、他にどんな特長がありますか。お名前など、あなたのものであるという印はついていますか」
「いいえ。私の絵本をなくしたのではありません」
「あなたの絵本をなくしたのではない? けれど、絵本を探されているのですね?」

よくよく話を聞いてみると、それは、その人が列車の中で見かけた絵本でした。隣の席にいた親子が楽しそうにのぞき込んでいる絵本が欲しくなり、さすらい駅で列車を降りると、駅前の本屋さんへ向かったのですが、題名がわからないと、絵本を探すことができません。

「わすれもの室の人なら知っているかもしれないね。あの人はひまさえあれば本を読んでいるから」と本屋さんに教えられ、ここへやって来たというわけでした。

「題名を見た気はするのですが、思い出せないのです。『帽子をかぶったわに』じゃなくて、『背広を着たわに』じゃなくて、『サイダーが好きなわに』じゃなくて、『ピアノを買ったわに』じゃなくて」

話を聞いているうちに、わたしの脳裏に、きらきら光る帽子をかぶり、ぴかぴか光る背広を着たわにが思い浮かびました。年が明ける夜、このわすれもの室のわたしの席にふんぞり返っていた、あのわにです。

まったく、奇妙な夜でした。訪ねて来たのは七人の銅像で、七人そろって「ボール」を探していました。探しものが見つからずに気落ちした七人の銅像たちを前に、そのわには突然踊り出したのでした。一度聴いたらわすれられない節回しの歌を歌いながら。

「わーにのだんすは だんだんだんす
 わーにのだんすは ばんばんだんす
 わーにのだんすは ぶんぶんだんす」

わたしが口ずさむと、

「わにのだんす! それです!」

その人は声を弾ませました。

「それがお探しの絵本の題名なんですね」とわたしの声も弾みました。

「わすれもの室の人に聞けばなんとかなる。本屋さんの言った通りだ。本当に、お詳しいんですね」
「いいえ、たまたまです」

なんの気なしにそう言ったわたしは、あの夜の奇妙な探しものを思い出して、「あ……」となり、頬を赤らめました。

あの夜、たまたま真夜中のさすらい駅に足が向き、たまたまわすれもの室の灯りがついていて、中をのぞいたらたまたまわにがいて、たまたま七人の銅像たちがやって来て、探しものが見つからないその場しのぎに、たまたまわにが踊り、それからひと月ほど経って絵本の題名を思い出せない人がやって来て、たまたまそれがわにの出てくる絵本で、あの夜聴いた歌をわたしが歌うと、たまたま歌の中に題名が隠れていて……。

すべてはたまたま。

けれど必然なのかもしれません。

書類の「探しもの」の欄に「絵本『わにのだんす』」と書き入れ、その隣の「預かり済み」「引き渡し済み」の欄に丸を書き入れると、「○」が横に二つ並びました。

それ自体は珍しいことではありませんが、その日は二つ並んだ「○」が光って見えました。わにの帽子のように。わにの背広のように。

二つ並んだ○は「まるまる」とも読めますし、輪っかがふたつで「わに」とも読めます。

さらに「たまたま」とも読めてしまう!

そのことに気づくと、わたしはますます頬を赤らめ、ますます、あの夜からの出来事が偶然とは思えなくなったのでした。

Clubhouse朗読をreplayで

2022.2.2ワニワニパニックワニ祭りにて初披露。

2022.2.3宮村麻未さんがnote本文とともに朗読。

2022.2.4kana kaedeさんが「うきと朗読人の部屋」にて朗読。

2022.2.11ひろさんが「膝番号99以降の5人朗読会」にて朗読。

2022.2.20 junko suzukiさん

2022.2.26 おもにゃん(大文字あつこ)さん

2022.6.19 宮村麻未さん

2022.8.23 中原敦子さん

2023.4.21 宮村麻未さん

2023.6.14 おもにゃんさん

2024.2.9 吉井宇希さん


目に留めていただき、ありがとうございます。わたしが物書きでいられるのは、面白がってくださる方々のおかげです。