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「カジュアルずるい」の罠

Twitterに「ずるい」と打ちかけて、手を止めた。

「彼、すぐ、ずるいって言うんです」

今年の始め、恋愛現役女子の編集者さんとランチしたとき、つき合い始めた彼氏のことを彼女はそう紹介した。何かにつけ「ずるい」を連発する少し年下の彼氏のことを「今の若い子は」と言うのが微笑ましかった。

「ずるいってあんまり言うんで、私、調べたんですよ。そしたら今井さんのツイート見つけちゃいました」

と彼女は笑った。

「いいな」のニュアンスの「カジュアルずるい」

話は去年の11月に遡る。Twitterで「ずるい」についての話題が目に留まった。

なんか黒人ハーフの子が「運動神経いいのずるい」「スタイル良くて当たり前、ずるい」「歌うまくて当然、ずるい(?)」、白人ハーフの子が「ちやほやされてずるい」「英語話せて当たり前、ずるい(??)」とか言われてるのたまに見かけるが、日本の「ずるい文化」っていつから始まったのだろう…。

というEiko Yamashita(@Bed_gentleman)さんのツイートを引用する形で、瀬川深(@segawashin)さんがツイートされていた。

この「ずるい」って、俺の語学力もあろうが本当に翻訳できない概念で、アンフェアでもチートでもカニングでもないんですよ。当人の不正や狡猾さとはなにも関係ないんだから。「俺たちと横並びにならないお前を許さない」という概念だろうけど、こうやって言語化すると信じがたい奇習に見えるな……。

お二人とは面識もSNSでのつながりもないが、「ずるい」については思うところがあった。瀬川さんのツイートを引用する形でツイートした。

最近の小中学生も「ずるい」を連発していて、気になってしまうのだけど、「許せない」という意味合いは弱くて、「いいな」というニュアンスで使っていることが多いように思う。世の中に放たれる「ずるい」を「いいな」に置き換えたら、幾分風通しが良くなるのかも。

例えば、不登校の子に対して「ずるい」が使われるのをよく聞く。大人はドキッとするけど、「自分は学校に行く義務を果たしているのにあいつはズルい」と咎めているわけではなく、無邪気に羨ましがっているだけということが多い。

「ずるいって言わないほうがいいよ」と自分の子にもまわりの子にもたしなめたことがあるが、キョトンとされた。言ってはいけないことを言っている後ろめたさがないから、気軽に口にできる。「カジュアルずるい」だ。

「ずるい」のベクトルで意味合いは大きく変わる。ツリーをつなげて考察を続けた。

自分が果たしている義務や守っているルールができてない相手を罰したい、損させたいという引き算感情の「ずるい」が、自分にないものを持っている相手を羨ましがる足し算方向に守備範囲を広げているのかも。相手を引きずり下ろしたいか、自分を引き上げたいか、ニュアンスが180度変わることも(続く)

さらに、大阪弁の「ずっこい」は「カジュアルずるい」に近いのではと気づいた。

で、はたと思い出した母国語大阪弁の「ずっこい」。ちっこいと同じく可愛さと愛嬌が生まれる「ずるい」のピッコロ版。「アイス食べてるー。ずっこいわー」「あの店もう行ってきたん?ずっこーい」ずるい、より丸くて角が立たない。このニュアンスは最近流行りの「カジュアルずるい」に近い気が(続く)
「ずっこい」と言ったら、「ええやろー。あげへんでー」と返されて、また「ずっこーい」とじゃれあってた。「ずるい」とは使い分けてた気がする。でも「カジュアルずるい」は聞いただけでは違いがわからず、「学校休んでずるい」は、ずる休みを咎めているように聞こえて、ドキッとする。(続く)
当人は「いいな」のつもりで使っても、「ずるい」の響きは鋭いし、他人も自分も削る言葉のように思う。もしかしたら大阪弁の「ずっこい」にも眉をひそめる人がいるのかも。と書いていて、おーなり由子さんの「ことばのかたち」(音due.公演でもおなじみ)を思い出した(続く)

相手の得を許さない「パトロールずるい」

「カジュアルずるい」が「いいな」の表れだとすると、その対極にあるのが、「許せない」を表す「本気ずるい」だ。誰かの得を自分の損だと思い、相手も自分と同じように損させないと気が済まない。

「カジュアルずるい」の広まりとは別に、「本気ずるい」の拡散も気になる。一人が口にする回数も、口にする人数もふえた印象があり、こんなに不平不満を主張する国だったっけと思うことがふえた。相手の損を願う「ずるい」は、ため息つく以上に幸せが逃げそう。

「本気ずるい」が増えたのは、10月に消費税が増税された影響もあった。

最近では「イートイン脱税ずるい」がきっついなーと引っかかってる。大阪やったら、持ち帰りを店で食べてる人見つけて「ここあんたのうちなん?」とボケながら突っ込んで和ませるかなーと。実際やってるかは知らんけど。角立ちそうな場面こそクッション言葉が大事。あと、怒る矛先は増税ちゃうん?

というのが去年11月の一連の「ずるい」ツイートだった。

その後のコロナ禍で、さらに「本気ずるい」が幅をきかせるようになった。自分は感染予防で自粛しているのに、あの人は出かけていてずるい、あの店は営業していてずるい…。「自粛警察」という言葉も生まれたが、「パトロールずるい」と呼んでもいいかもしれない。

四つ葉のクローバーを見つけた人に、「自分は探しても見つけられなかったのに、ずるい。あんたも葉っぱを一枚むしって三つ葉にするんだ!」と迫る感じだ。

褒め言葉の「リスペクトずるい」

書き言葉だとニュアンスが伝わりにくいから、「カジュアルずるい」のつもりでもきつく受け止められてしまう恐れがある。だから、うっかり使わないように気をつけていた。

ここで話は冒頭に戻る。Twitterに「ずるい」と打ちかけて手を止めたとき、書きかけの文面は「絵だけじゃなくて文章も味があって読ませるなんてずるい」というものだった。

『昔話法廷』の絵師として知り合った伊野孝行さんのツイートに返信しようとしての発言だった。リンク先にある伊野さんの神保町物語を一気読みした勢いで、思わず「ずるい」と打ちかけた。繁殖力旺盛な「カジュアルずるい」はわたしの辞書にも根っこを張り、出番を待っていたらしい。

伊野さんはツイートの短い文章にもうまさが滲み出ているのだけど、長い文章になると、さらに味がしみている。人間観察の目のつけ所と角度が面白い。それは伊野さんの絵にも通じるところがある。『昔話法廷』の劇中裁判で使われる状況説明図のとぼけた画風は、「罪を憎んで人を憎まず」の後味を残してくれる。この人に描かせた『昔話法廷』企画者でディレクターの平井雅仁さんの目利きもさすが。

『昔話法廷』書籍版(金の星社)
『昔話法廷』配信版(NHK for School)

わたしが打ちかけた「ずるい」は、羨望でもあり賞賛でもある。「カジュアルずるい」と区別して、「リスペクトずるい」と分類できるかもしれない。一番プラス方向に位置する「ずるい」。英語でいう"I envy you"(友人の才能や美貌をこう褒めるのかと留学時代に学んだ)。それでも書き言葉だと「ずるい」のきつさが一人歩きしてしまうから、今度伊野さんに会えたときに直接伝えることにしよう。

「ずるい」の使い方には、その人の価値観がよく表れる。四つ葉のクローバーを見つけた人がいたら、「良かったね」と喜びを分かち合いたい。相手に葉っぱをむしらせて三つ葉にするんじゃなくて、自分の三つ葉に一枚足して「わたしも四つ葉見つけた」と喜びたい。「ずるやん」と突っ込まれたら「バレた?」と笑い合いたい。そんな話をどこかで書いた気もする。

ここから先は6月29日追記。

同業者に贈る「グッジョブずるい」

「カジュアルずるいの罠」をnoteに上げてから、映画関係者が互いの作品や人の作品を「あの関西弁はずるい」「あのキャスティングはずるい」「あのキャラずるい」「あのラストはずるい」などと言うのは、「リスペクトずるい」に入るんだろうか、いやちょっと違うな、と頭の中で「ずるい分類学」(そんなたいそうなもんでもないけど)が続いていた。

「リスペクトずるい」は才能や個性といった「その人が持ち合わせているもの」に対してだけど、こちらの「ずるい」は、作品の手法やアイデアに対してだ。

「あの関西弁はずるいよね」(セリフを方言にすると、面白さがゲタを履いて底上げされるよね)

「あのキャスティングはずるいよね」(あの人が演じなかったらさほど印象に残らなかったと思うけど、「こう来たか」って意外性が良かったよね)

「あのキャラはずるいよね」(キャラの面白さが際立って、作品がトクしてるよね)

「あのラストはずるいよね」(あんな気になる終わり方されたら、もう一回見たくなっちゃう。うまいよね)

といった感じだろうか。「うまく行ったね」「うまくやったね」と成功を認めるニュアンス。「グッジョブずるい」と名付けよう。

「ずるい」を「おいしい」「反則」に置き換えてもいけそう。

「その手は思いつかなかった。すごい」と心から拍手を贈る人もいれば、「自分ならそんなあざといことしないけどね」とイヤミが含まれることもある。「自分も似たようなことを考えていたのに、先を越された」というヒガミが混じることもある。

そもそも同業者が感想を伝え合うときには複雑な事情や感情が混じり合うものなので、褒めワードにもやっかみワードにもなる「ずるい」は使い勝手が良いかもしれない。

ちなみに映画監督への最上級褒め表現に「今すぐ死んだほうがいい」がある。「今死んだら、遺作が最高傑作になる」、つまり「最新作の出来がすごく良い」というわけ。

じゃれ合う仲になったら「スウィートずるい」

追記する前のこちらのnoteに目頭あつこさんという方からコメントをいただいた。

ここに類していいか分からないのですが、主に恋人同士で愛しい気持ちを込めて使われる「ずるい」や「反則」は、どう捉えたらいいのかな、と考えています。

目頭さんが挙げてくれた例が、こちら。

「何その格好…かわいすぎ。反則ぅ!」
「今のはずるいよ。もっと好きになっちゃうじゃん」

「どれも英語でI love youと訳せそうです」と目頭さん。

悪態は、時に最高の愛情表現であり、気持ちを通じ合わせる力を持っているのではと感じます。もちろん、それは相手との関係性によるところが大きいので、一般的ではないのでしょうが…。「ちょっとあざとい匂いがするけど、そういうあざとさは嫌いじゃないし、なんならそんなことする君のことなんて大好きだ!」ってことで、「愛しいずるい」、ですかね?(笑)

と結ばれたコメントに、すぐさま返事をした。

恋人同士の「ずるい」ありますねー。「愛しいずるい」、くだけて呼ぶなら「いちゃいちゃずるい」「スウィートずるい」でしょうか。「カジュアルずるい」と「リスペクトずるい」の間に入りそうですね。

返事の中で、「スウィートずるい」という新分類が生まれた。

「スウィートずるい、なんて素敵な言葉でしょう」と目頭さんにも共感いただいたので、採用。

SNSの誹謗中傷が話題となってから、ネット上で「悪口はよくない」という声が溢れるようになりました。私も基本的には故意に人を傷つけるようなことはしてはいけないと思っているのですが、一方で、「スウィートずるい」のような、悪口や悪態のプラスの効用も認めたいという気持ちが強くなっています。世論の反動、なんですかね。

と目頭さん。ほんと、そう思います!

ご自身のnoteに引用してもいいですかと聞いてくださったので、もちろん、とお答えした。

閉塞感を募らせるパトロールずるいも怖いですが、安易な言葉狩りも窮屈ですね。日本語はほんとに繊細で奥深いので、取り扱いに気をつけつつ、楽しく使いこなしたいです。引用、大歓迎です!

そうして生まれたnote、「情愛の深さから生まれる悪態語、それはアイラビュー」を読ませていただいた。目頭さんの日本語への情愛も感じられ、自称「愛国語者」のわたしはうなずくことしきり。

「やばい」「うざい」を連発することの危うさを例に挙げてくれたことで、「カジュアルずるいの罠」がより可視化できた。

そう言えば、英語でradical(過激な)の頭の三文字を取って“Rad”というのが、わたしが高校留学した80年代アメリカのティーンの間で流行っていた(今も使っているのだろうか)。「カッコいい」も「すごい」も「最高」も“Rad”。感嘆するときは“Rad”。今の日本語の「やばい」に近い。わたしが通っている高校で英語を教えていたホストファーザーは「なんでもかんでも三文字にするな」と嘆いていた。

「ずるい」の三文字で片づけると考えると、表現が陳腐になっていると嘆くことになるけれど、「ずるい」が愛情表現にもなると考えると、日本語の懐の深さに感じ入ってしまう。

「ずるい」とハサミは使いよう。使う人のセンスや気持ちの込めようでコミュニケーションを表情豊かにもするし断ち切ることもある。

距離感も大事。なんとも思っていない相手に「その服、ずるい」と言われても、舞い上がれない。

その目頭さんのnoteの中に《随分前(二十年くらい前)に、「日本語はどこに行くのか」みたいなテーマでシンポジウムがあり》というくだりがあり、わたしも随分前にそういうのに行かなかったっけと日記を掘り返してみると、2003年10月に江戸東京博物館で「100年前の日本語を聴く」という講演を聞いていた。目頭さんが行かれたものとは別なようだけど、そのとき、ついでにのぞいた企画展「東京流行生活展」で書き留めた言葉に再会した。

竹久夢ニの小説「恋愛秘話」(1923 大正13年)の一節。

昔は、見そめる、思ひそめる、思ひなやむ、こがれる、まよふ、おもひ死ぬ、等等の言葉があった。今は一つしかない。「I LOVE YOU」

見そめる、思ひそめる、思ひなやむ、こがれる、まよふ、おもひ死ぬ。ここに「ずるい」を加えよう。あるいは、

昔は、羨む、悔しがる、蔑む、こがれる、褒める、惚れる、おもひ知らせる、等等の言葉があった。今は一つしかない。「ずるい」


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コメント (5)
コメントありがとうございます!

恋人同士の「ずるい」ありますねー。「愛しいずるい」、くだけて呼ぶなら「いちゃいちゃずるい」「スウィートずるい」でしょうか。

「カジュアルずるい」と「リスペクトずるい」の間に入りそうですね。

I love you.と訳せるって素敵。「本気ずるい」はIt's not fairでしょうか。

あと、映画関係者同士が「あのキャラずるい(反則)」などと「やられた」を込めた褒め言葉で使うのは「リスペクトずるい」に入るのかな、など「ずるい」分類学はなかなか奥深いです。
返信ありがとうございます!
スウィートずるい、なんて素敵な言葉でしょう。

SNSの誹謗中傷が話題となってから、ネット上で「悪口はよくない」という声が溢れるようになりました。私も基本的には故意に人を傷つけるようなことはしてはいけないと思っているのですが、一方で、「スウィートずるい」のような、悪口や悪態のプラスの効用も認めたいという気持ちが強くなっています。世論の反動、なんですかね。

そんなことを考えていた矢先、ちょうどこの記事に出逢いました。ありがとうございます。

とても面白かったので、もしご迷惑でなければ、こちらの記事とこちらのコメントを引用して、note書かせていただいてもよろしいでしょうか?
目頭あつこさん、同感です。閉塞感を募らせるパトロールずるいも怖いですが、安易な言葉狩りも窮屈ですね。日本語はほんとに繊細で奥深いので、取り扱いに気をつけつつ、楽しく使いこなしたいです。引用、大歓迎です!
引用のご快諾、ありがとうございます。
温かいお言葉に感謝します。
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