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思ってたのと違うけど─ぺったんこの靴下

2009年と2010年のUSJクリスマス特設サイトに寄せた連作短編小説「クリスマスの贈りもの」。「クリスマスのUSJを舞台にしたお話を」と注文を受け、一気に書いた10本のうち「サンタさんにお願い」「男子部の秘密」「てのひらの雪だるま」「パパの宝もの」の4本が掲載され、2年目に「壊れたビデオカメラ」を加えた5本が掲載された。

残る5本「地上75センチの世界」「とっておきのお薬」「映画みたいなプロポーズ」「ジグザグ未来予想線」「ぺったんこの靴下」をメールの受信箱から解き放ち、公開する。

クリスマスに向けてclubhouseで読んでくださる方がいたら、耳で校正させてください。

今井雅子作 クリスマスの贈りもの「ぺったんこの靴下」

生まれて10回目のクリスマスの朝、省吾はパジャマ姿のままベッドに腰かけ、手の中にある赤と緑の靴下に目を落としていた。

ベッドの枕元の柱にくくりつけたその靴下の膨らみを、目が覚めると同時に確かめたのは、5分ほど前のことだ。

去年までおもちゃで膨らんでいた靴下は、ぺったんこだった。最初は空っぽだと思った。サンタさんがうちをすっ飛ばしたのか、靴下のことが気になった省吾が、サンタさんが来る前に起きだしてしまったのか。

空はまだ暗く、部屋の時計の短い針は、真下よりも少し右を指している。時刻はまだ6時前だ。

ぺったんこの靴下をベッドの柱から取り外すと、外からの手ざわりで、かかとと爪先の間に何かが入っているのに気づいた。手を突っ込んでみると、紙のような感触があった。取り出すと、赤い封筒が入っていた。

開くと、中からはクリスマスカードと封筒がもう2つ現れた。サンタクロースの形に切り抜かれたカードを開くと、「パパとママといっしょに、思い出に残る一日を。サンタクロースより」と書かれてあった。

封筒の中の小さいほうの封筒を開くと、チケットが3枚出てきた。USJのチケットだ。大人が2枚と、子どもが1枚。

大きいほうの封筒は、USJからだった。あて先には、省吾の家の住所と省吾の名前が印刷されていた。開くと、「おめでとうございます」と印刷された手紙と一緒に、「記念写真引き換え券」が入っていた。小学校で習っていない漢字がたくさん出てきたが、フォトスタジオで記念写真を撮って、特製フォトフレームに納めてプレゼントしてくれるらしいことは、わかった。

この写真引き換え券とチケットを持って、パパとママと3人でUSJへ行ってきなさい。サンタクロースからのメッセージは、そういうことだった。

さて、どうしようか。

期待していたプレゼントと靴下の中身が違ったというショック以上に、予想もしていなかったプレゼントが現れたことに動揺しながら、省吾は寝起きの頭を働かせた。

まず、パパとママにサンタさんからのプレゼントを知らせて、相談しよう。小学校は冬休みだけど、パパは休みの日も会社に行くほど仕事が忙しい。もう何か月も一緒に出かけていない。ママだって予定があるかもしれない。

省吾がパパとママを起こしたのは、6時半のことだった。

ぺったんこの靴下から赤い封筒を取り出し、中からサンタクロースのカードと封筒を二つ取り出すのを省吾が再現するのを、パパとママは寝ぼけ眼をこすりながら立ち会った。

「今年は、なんでか、こんなことプレゼントなんやけど、どうしよう」と省吾が相談すると、
「省吾はどうしたいん?」とパパが聞いた。
「サンタさん、勝手なことしたら困るわ。こっちの予定も聞かんと」
「今日やったら、仕事、休みやけど」

えっと驚いた省吾に、先週の日曜日に会社に出た分の代わりの休みを今日もらったのだとパパは説明した。

「それやったら3人で行けるやん」とママが声を弾ませ、
「もしかしたら、サンタさん、パパの予定まで、ちゃーんとお見通しやったんかも」と続ける。
「ありえるで。サンタクロースは、なんだって知ってるもんな」とパパもうなずき、今日USJへ行こうと話がまとまった。

急いで朝ご飯を食べて支度をし、家を出たのは8時前だった。9時の開園少し前に到着し、開園と同時にゲートをくぐった。

省吾がUSJに来るのは、2年ぶりだ。前に来たときは、幼なじみのケンちゃんちに連れて来てもらった。ケンちゃんと一緒ならどこへ行っても楽しかったから、その日も一日中笑っていた覚えがある。また行こうなと約束したけれど、ケンちゃんちはディズニーランドの近くに引っ越してしまった。

パパとママとは、省吾が2歳になる前に一度来たことがあるらしい。省吾は覚えていないけれど、写真は残っていて、写真の中の省吾は、パパにだっこされ、ママに頬ずりされて、くすぐったそうに笑っている。

パパとママは、そのとき以来、来たことがないから、省吾のほうが記憶は新しく、ちょっぴり詳しい。ケンちゃんと行ったときに気に入ったアトラクションへパパとママを案内したり、順番を待つ間、そのアトラクションの説明をしたりすると、「へーえ、省吾、2年前のことをよう覚えてるなあ」とパパに褒められた。

省吾は得意になって、同じクラスの智樹から聞いた話も披露する。智樹は先週の日曜日に遊びに来たのだった。

「わからないことか困ったこととかあると、スタッフの人に聞けば、すっごく親切に答えてくれるねんて」と省吾は言った。智樹に優しくしてくれたのは、「大岩」という名前の掃除のお兄さんだったという。省吾は、ほうきとちりとりを持ったお兄さんを見かけると、名札に大岩と書いていないかどうか目を走らせた。もし、その人を見つけたら、智樹が喜んでいたことを教えてあげようと思った。

「智樹君は、どんな親切をしてもらったん?」とママが省吾に聞く。
「あいつんち、ちょっとフクザツでさ」

省吾は智樹の母親が新しいお父さんと結婚しようとしていることを話した。父親になるかもしれない男の人と、妹になるかもしれない女の子と4人で遊びに来たけれど、気まずくて、智樹が一人になりたくなったとき、大岩という男の人が助け舟を出してくれたという。

「その女の子が、雪が降ってへんってぐずって、大岩さんが雪を持ってきてくれてんて」と省吾が言うと、

「その大岩さんって人、実は、サンタクロースやったんと違う?」

ママはいつも省吾やパパがびっくりするようなことを真面目な顔して言う。

「違うって。掃除のお兄さんやって」と省吾が言うと、
「トナカイに乗って空飛ぶんやから、変身できるはずやで」とママが言い返す。
「サンタクロースって変身するんやっけ?」
「それ、スーパーマンじゃないの?」
 パパと省吾にかわるがわる突っ込まれると、
「あんたら夢がないな。つまらんわ」とママはすねてしまった。

「なあ、サンタさんって、日本でもトナカイで移動してるん?」

省吾は前から思っていた疑問をぶつける。

「決まってるやん。サンタクロースいうたら、トナカイにソリや」とママは言い切る。
「雪があったら便利やけど、大阪みたいに雪のないとこだと、大変やん」と省吾が突っ込んでも、
「大丈夫や。空飛べるんやから」と動じない。
「うちに入ってくる間、トナカイとソリはどこに停めておくん?」
「ガレージの中か、前に停めるんと違う?」
「ほんま?」

住宅街の真ん中にトナカイとソリが停めてあったり、空に飛び立ったりしたら、大事件だ。だけど、その現場を目撃したという人に会ったことがない。

「トナカイとソリかどうかは知らんけど、ちゃんとプレゼントは置いて行ってくれたやん」

ママと省吾のやりとりを聞いていたパパが口をはさんだ。

「でも、なんか去年までとプレゼントのノリが違うねんなあ。人が変わったんかな」と省吾が言うと、
「どういうこと?」とママが聞く。
「ほら、担任の先生が変わると、やり方が変わるやん。そんな感じ」

省吾の言葉にパパとママは顔を見合わせて笑い、

「うまいこと言うなあ」パパは大きな手で省吾の髪をくしゃくしゃと撫でた。

省吾はつられて笑いつつも、なんだか割り切れないものを感じていた。

今日パパとママがUSJで遊んでいるのは、サンタさんがチケットをくれたからだ。大人のくせにプレゼントをもらったパパとママが省吾よりも楽しそうで、省吾よりトクしているような気がする。主役は子どもの省吾のはずなのに。ぺったんこの靴下の中身がますます薄っぺらいものに思えてしまうのだった。

それでもクリスマスメニューのランチのステーキはおいしかったし、食後のアイスクリームはパパの分も食べられたし、ケンちゃんと来たときと同じぐらい省吾はたくさん笑った。

サンタさんからのもうひとつのプレゼント、記念写真引き換え券を使うためにフォトスタジオを訪ねた。受付で引き換え券を差し出すと、「ご当選おめでとうございます」と声をかけられた。

「サンタさんが届けてくれたんです」と省吾が言うと、
「へーえ」と目を丸くして驚いてくれたので、省吾は得意になって、枕元の靴下の中に3人分のチケットが入っていたことも話した。

「サンタさんからのプレゼントでしたか」

カメラの後ろに立つ撮影技術が感心したように言った。

「長いことこちらで写真を撮っていますが、サンタさんから依頼を受けたのは初めてですよ。とっておきの一枚をお撮りしなくてはなりませんね」と撮影技術は制服の袖をまくってみせた。

「ちゃんと見てくれているんやねえ。サンタさんは」とママがうれしそうに言い、
「すごいな省吾、サンタさんに見込まれたんか」とパパが省吾の背中をたたいた。

そういうことなのかなと戸惑いつつも、省吾は悪い気はしなかった。その証拠に、パパとママに挟まれた写真の中の省吾は、両親に負けないぐらい誇らしそうな笑顔をしていた。

フォトスタジオを出るとき、パパとママが撮影技術にお辞儀をし、彼がウィンクを返したことに省吾は気づかなかった。一瞬のいい表情を切り取る撮影技術は、空気を読む腕も確かなのだった。

「次スパイダーマン行こっ」と駆け出した省吾を追いかけながら、
「大きくなったなあ」
「あっという間やね」

パパとママがしみじみと言い合ったことも、省吾は知らない。

「靴下を膨らませるプレゼントもええけど、形のないものを贈りたいなあ」

そんな夫婦の会話から、今年のクリスマスプレゼントは、毎年のようなゲームではなく、USJで過ごす一日となった。省吾の部屋に飾ってある、幼なじみのケンちゃんと行ったときの写真がヒントになった。ちょうどそんな折、記念写真プレゼントの懸賞があることを知り、省吾の名前で応募したところ当たったので、いいおまけができたのだった。

だが、クリスマス当日の朝の省吾の反応は、喜びよりも戸惑いが勝っていた。思い出を贈ろうなんて、親の独りよがりを押しつけてしまったか、ちょっとまだ早かったかなと反省した。

今日はわからなくても、いつかこのプレゼントの意味がわかってくれたらという思いでUSJへやって来たが、一日をかけて、省吾は少しわかってくれた気がする。

大きさや重さで測れない価値があることを。形のないものの豊かさを。

そんな省吾の成長がパパとママにとっては涙が出そうなほどうれしいクリスマスプレゼントになったことも、省吾は知らない。クリスマスだけじゃない。パパとママは、省吾から毎日のようにプレゼントを受け取り続けている。そして、省吾の人生もまた、プレゼントのような毎日であって欲しいと願っている。

「パパ、ママ、何してるん? 早く早くー」

ジャンプしながら大きく手を振る省吾の頭が人波の向こうに見え隠れし、よく響く声が届いてくる。

ぺったんこの靴下を発見してから12時間が経っていた。


目に留めていただき、ありがとうございます。わたしが物書きでいられるのは、面白がってくださる方々のおかげです。