日本橋

江戸から学ぶひとづくり(8)

生活・地域に根差した教育の多様性

これまで7回にわたって江戸の人づくりについてみてきましたが、改めて振り返ってみますと、江戸時代の人たちは、どんな身分であろうとヒトを一人前の大人にしていく組織力をもっていたのではないでしょうか。それは決して官僚的なものではなく、むしろチームワークといったほうがいいかもしれません。

そこには、生活に根差した生き生きとした交流を通した豊かな精神文化があったのではないかと思います。

そして驚くべきことに教育については、非常に自由でありました。寺子屋や各地域にみられる藩校などそれぞれの特性をもっていました。教育の多様性。これこそが江戸時代のパワーだったのではないでしょうか。

自由裁量(自分で考えて決めるというプロセス)と生活に根差した人と人とのリアルな体験による交流が抜け落ちたとき、それは押し付けとなり、薄っぺらな精神論に陥ってしまうのかもしれません。

言われたことに従う精神風土

時代は明治に入り学制が公布され、近代的な学校制度が全国に広がっていきます。

慶応大学を創設した福沢諭吉は国家主導で進める明治政府に対し、国家も市民も一緒になって国をつくっていくべきだとし、未来に対しての懸念を示しました。そして、

「知識人も『官』のあることは知っているが『私』があることを知らない。」「そのため私立を起こすこととする」と宣言します。

これに対して、初代文部大臣となった森有礼は、「人民の務めは国の求めに応じることのみ」として、福沢を批判します。そして日本は明治の近代化とともに殖産興業、帝国主義の道へと進んでいきます。

第二次世界大戦後、日本は民主国家として再スタートしましたが、言われたことに従っていればいいといった精神風土はそのまま変わることなく引き継がれていったのではないでしょうか。

焦土となった日本がどんどんと経済発展をしていく中で、学校は社会からの要望に応えるべく、言われたことに従って働くことのできる優秀な労働者を大量に送り出してきました。

そして自分たちが受けてきた教育をそのまま踏襲するように、国のガイドラインに従って、たくさんの知識や情報をより効率的に子どもたちに授けようと一生懸命になるあまり、結果的に子ども達に物事の本質について考える時間を十分に与えきれなかった。そういった戦後教育の歴史だったのかもしれません。

文部科学省は次期学習指導要領の改訂においてこれからの社会を「予測困難な時代」と表現しています。

明治から続いてきた工業化の波が新たな変革期に入ろうとしています。
「言われたことに従っていればいい」と言い切れなくなった時代。

私たちは子どもたちにどんな教育を叶えていけばいいのでしょうか?

産業構造が大きく変わろうとし社会状況も大きく変わっていく中で、生活の知恵として生まれた江戸時代の人々の取り組みや関わり方は、現代の私たちに、今までの延長線上ではない本質的な問いを投げかけてくれるのではないでしょうか。

足るを知る精神

265年間続いた江戸時代。前半は人口増加の時代。そして後半は、人口増加がストップしていく時代でした。その後半期、実は浮世絵や文学、食文化など庶民文化が花開いていく時代でもありました。

今までのやり方では物が売れなくなり、食べ物や工芸品など様々な特産品がこの時期生み出されていきます。今でも観光地などのお土産として見受けられるその土地の気候風土や特色を活かした特産品は人口低迷期の知恵の結晶とも読み取れます。

しかし、現在からすれば、江戸時代の人たちは様々な工夫をして物を大切に扱い、実に無駄のない質素な生活を送っていたようです。排泄物さえもリサイクルし肥料に変え、消費者と生産者が持ちつ持たれつ繋がって、当時世界一の人口がいたとされる江戸の街でさえ、驚くほど清潔で治安が保たれていたと言われています。

江戸時代の後期、経済成長率は年0.3%程度と、ほぼ横ばいだったそうです。
そうした中で、今も世界の人たちから驚きと尊敬をもって魅了している日本文化が発展していきます。ある意味循環型社会の一つのモデルともいえます。

経済的指標だけでみるのではなく、また100年単位など長いスパンで振り返った際に、江戸時代の人たちの暮らしや精神性は私たちに新たな豊かさの観点を与えてくれます。

人生100年時代。恐らく22世紀を生きると予想される今の子ども達。そしてこれから生まれてくる新しい命の子ども達に私たちは何を残していけるのでしょうか。また残していかないといけないのでしょうか。

異常気象によって様々な災害が続いた令和元年の年の瀬。そんな問いが最後湧き上がってきました。


江戸から学ぶひとづくりは、これで一旦終了します。いかがでしたでしょうか?


次回からは欧米の事例を通して学校が生まれてきた背景を辿りながら、これからの時代の学校・教育が果たす役割について考えていきたいと思います。

お楽しみに!


【参考文献】
「藩校に学ぶ 日本の教育の原点」 藁科満治 著 日本評論社
「江戸時代はエコ時代」 石川英輔 著 講談社
「江戸に学ぶエコ生活術」アズビー・ブラウン 著 阪急コミュニケーションズ
「人口から読む日本の歴史」鬼頭宏 著 講談社学術文庫

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?