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脱アリストテレスの道のり【本の感想】この世界を知るための人類と科学の400万年史

物理学者であり、作家である著者による「科学者たちの生き様、研究姿勢、それが生み出したものの影響」に焦点を当てた、人物伝&科学史の読み物。
感想を一言でいうと、面白すぎて止まらない。

どうしてここまで面白いのか。1つの理由は、著者が網羅的な科学史を書こうとせず、人物の内面と行動、人物同士の関係性のストーリーに着目し、それを事実に沿って淡々と、しかしユーモアとドラマをきっちり添えて、丁寧に描き出しているというスタイルがある。
まさに、素材を最高に活かした、熟練シェフの生み出すクリエイティブな料理といったところ。見た目に美しく、食べたら絶品。そんな印象。

私個人の学びは大きく2つある。
1つは、アリストテレスの人類史における影響力の大きさを初めてちゃんと認識できたこと。
もう1つは、(後世から見て)"世紀の発見"をした研究者は、それを超える新しい概念や発見を、しばしば死ぬまで認めることができない、というケースが散見されるということ。

前者について。
アリストテレスについて、正直なところ私は古代ギリシアの哲学者で、マケドニア王アレクサンドロス3世の家庭教師でしょ、くらいのことしか思っていなかった。
本書を読んで、科学史と人類史の中で、いかにアリストテレスが占める位置づけが大きいか分かった。
というのは、アリストテレスは、世界を観察を通じて記述するという、いわば今日的な観察と著作手法のスタンダードを作った人であると同時に、今日の我々の科学の観点や手法とはかけ離れていた取り組みをしていた人でもある、ということだ。
著者の言葉を借りると、「アリストテレスの方法論は定量的ではなく定性的だった」となる。

そのアリストテレスの思索は、数百年後に生まれたキリスト教の教えと相性が良く、「神が世界を作った、神の真理で世界は満たされている」という思考の下支えとなった。
それを打ち破るには、ニュートンらの活躍まで、1000年以上の時間がかかった。

後者について。
たとえば相対性理論の生みの親で知られるアインシュタインは、その後登場してきた量子論の展開に好意的でなかった。というより、受け入れることができなかった。皮肉なことにというか、アインシュタインの取り組みが、量子論の研究者たちに非常に大きな影響を与えているのに。
「センパイ、ぼくセンパイのお話に感動して、言ってたことをもっと進めてみました!」と言う後輩に、先輩が「いやそんなのは受け入れられないから」と冷たく否定するという、なんかどこかの社会でもよく聞くような話である(笑)。
新たなるパラダイムの開拓者が、ずっと開拓を先導し続けるということはなかなか起こらないらしい。

でもそれは悲しいことなのだろうか。むしろだからこそ人類は進歩を続けられたのだとも言える。「巨人の肩に乗る」とはアイザック・ニュートンが言ったとされるセリフ(実際にはもっと前からいろんな人が言っていたらしい)もあるが。先駆者の研究を受けて、さらにそれの疑問点を「科学的な」姿勢で遠慮なく突いていくことで、人類総体の科学は前進してきた。むしろそれを許さなかったから(科学的手法がそもそも欠如していたから)教会権力・信仰と結びついたアリストテレスの思想は長きにわたり、強固に維持されてきたと言える。

科学がもたらした数々の知識のおかげで今の人類は、昔に比べて衛生的で安全快適な生活を送れるようになった。その知識が生み出されるには、そもそも「科学のアプローチ」が合意され、浸透する必要があった。
それを噛みしめることができる読書体験だった。

★★★★★ 5/5

この世界を知るための 人類と科学の400万年史 (日本語) 単行本 – 2016/5/14
レナード ムロディナウ (著), 水谷 淳 (翻訳)

The Upright Thinkers: The Human Journey from Living in Trees to Understanding the Cosmos (English Edition) Kindle版
Leonard Mlodinow

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