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[書評]『絵でわかる10才からのAI入門』森川幸人|人工知能の解説を、わかりやすく。でも深く。

作家・井上やすしが語り残した言葉にこんな名句がある。

「むずかしいことをやさしく、やさしいことをふかく、ふかいことをおもしろく」(桐原良光『井上ひさし伝』白水社、343㌻)


難しいことを難しく語ることはやさしい。難解さが大切な場面も確かにあるだろう。でも、できれば「難しいことがらの複雑さをそのままにしながら難しいことをやさしく語り直す」ことを目指したい。それが、大衆が求めていることだから――。出版社から「知の越境家」というもったいない肩書きをいただき、社会に氾濫する知識の交通整理を行いたいと願っている私にとって、上記一節は生涯の指針だ。これを実践する模範は、世を見渡してもそうはいない。しかし今回、その手本に出合った。それが本書評で紹介する森川幸人さんの『絵でわかる10才からのAI入門』である。

「AI」という言葉に触れたことのない人は今やほとんどいないと思う。「人工知能のことでしょ」と答えられる人もかなり多いだろう。中にはAIが「Artificial Intelligence」という単語の略称だと知っている人もいるかもしれない。しかし、人工知能がどんな役割を果たすもので、どのような仕組みになっており、いかなる可能性をはらんでいるかについて語れる人は少ない。たとえば「人工知能」という語は「自然知能」の対語として生まれた造語だが、そもそも人間の知能が何を指し、何ゆえにAIが「人工」と称されるのかという基本について把握している人はほとんどいない。「興味はあるよ」という人は結構いるはずだが、とはいえなかなか専門的に学ぶというところまでは行かないという人が多いのが「AI」という領域だ。

そんな人にとって『絵でわかる10才からのAI入門』は福音となるだろう。コスパ最高で学べる機会の到来である。何せ、本来であれば「複雑なことがら」なはずのAIについて解説した本が、子どもにでもわかる仕様になっていて、かつ数式などの複雑な話も一切出てこないかたちに結実しているのだから。

21世紀はAIの世紀と言える。本書は「第14章 なぜAIのことを理解しないといけないのか」という章立てで丁寧に教える。「AIについて知ることは、テクノロジーとの共存が重要ファクターとなっている21世紀を生き抜く知恵を身に着けることに等しい」と。少し表現を拾ってみよう。

「そうした未来のAIとのつきあいの準備のためにも、私たちは相棒となるAIのことについて、ちゃんと理解する必要があります。AIの考えなんてたかがしれてる、AIならなんでもできるはず、といったあやまったへん見を捨てて、AIができること、AIができないこと、使いようによっては危なっかしいこと、AIが人よりすぐれていること、人の方がすぐれていることをちゃんと知ることがとても大切になります。そうした理解の上で、AIにたのんだ方がよさそうなことはAIにたのみ、自分(人間)じゃないとダメだなと思うところは自分でやる。それが未来のAIとの付き合い方になると思います」(森川幸人『絵でわかる10才からのAI入門』ジャムハウス、186㌻)

端的に言うと、AIには得手不得手がある。たとえば医療の話。AIは、fMRIなどで読み込んだ人体のデータやレントゲン、X線で照射した画像を解析する能力や、日々膨大に発表されている医学論文を通読するといったことには向いている。しかし一方で、最適な治療方法を患者に「適した形」で提案するということには向いていなかったりする。そこには直感や共感、大局観を見とおす力が必要で、AIにはそれらが欠けるからだ。こういったAIと人間の特性を理解した上でAIを活用すれば、人間の生活は良い方向で豊かになる。

「将来的には、論文から最先たんの医学知識を取ってきてもらうのはAIにまかせて、人間のお医者さんはAIから『最近、こういう薬も出ていますよ』というような情報を提供してもらうという形になるかもしれません。AIが医学的な情報を提供して、最終的に人間のお医者さんがその患者さんに使うかどうかを判断するというような、AIと人間のお医者さんの二人三脚でしんりょうにあたる時代になるかもしれません」(同138㌻)

――と、こう書くと「そんなことしないで、全部AIに任せたらいいじゃないか」という人もでくるかもしれない。だが、そうは問屋が卸さないというのがAIの実情で、本書はそのことを教える。

まず、AIはコンセプチュアルに文章をまとめて、さまざまなことに配慮しつつそれを言葉にして相手に伝えるのが苦手だ。「あなたは末期がんです」といった告知を相手の心情や性格、それを通達する場面に合わせて行うことについてAIは向いていない。また、AIは「膨大なデータやシチュエーションを参照・考慮できるがゆえに、ありとあらゆる可能性を考えすぎて、返って適当に判断まで至れない」という課題を持っている。診察をする医師は基本、多種多様な判断材料の中から無意識に「これは、まあ『ない』よね」という要素を切り捨てて診断を行っているのだが、AIにはこの取捨選択が直感的にできないのだ。こういうこともあって、AIは医療の万能医師にはなれていない(し、今のところ今後もAIが万能医師になることはないとされる)。

このような実情を知った上でAIを賢く使い、AIに賢く使われていくことが21世紀に投げ込まれてしまっている私たちに求められる。

ちなみに先に書いたAIの特性、「膨大なデータやシチュエーションを参照・考慮できるがゆえに、ありとあらゆる可能性を考えすぎて、返って適当に判断まで至れない」という点については「フレーム問題」の名称で本書で触れられている。加えてこれ以外にも、本書ではAIが抱える「ファジー感覚を取り入れるのが苦手問題」や「雑談が苦手問題」「ウソをつく、ウソを見破るのが苦手問題」「言葉の『意味』に到達できない問題」といったことに触れられている。詳細は実際に本を手に取って参照してほしい。

さて、冒頭の井上やすしの言葉には、実は続きがあった。以下である。

「おもしろいことをまじめに、まじめなことをゆかいに、そしてゆかいなことはあくまでゆかいに」(桐原良光『井上ひさし伝』白水社、343㌻)

個人的には、楽しいイラストまでをも自身で手がけた森川幸人さんの遊び心から上記の精神を感じ取っている。そういった遊び心があるからこそイノベーティブなAIの世界が切り開かれるのだろうとも思っている。本書タイトルには「10才からの」とあるが、大人も含め、本気でご一読をお勧めする。


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