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僕のヒーロー論

みなさん、自分にとってのヒーローはいますか?

私は2人います。
今でも鮮明にその瞬間を覚えていて、
思い出すたびに目頭が熱くなります。

今日は私のヒーロー基準とそのヒーローを紹介します。
私がサッカー少年ゆえ2人ともサッカー選手ですがご容赦を。


僕のヒーロー基準


一般的にヒーローと言われる人はたくさんいます。冒頭に登場するアカレンジャーも秘密戦隊ゴレンジャーのリーダーでありヒーローです。幼少期は延々とゴレンジャーを観ては、「アオ!」「ミド!」と連呼しておりました。私はアオになりたかったと記憶しています。

私はサッカー少年だったのですが、メッシやC.ロナウドも国やクラブのヒーローと言われることが多いように感じます。個人的にはジダンやデルピエロ、ストイコビッチが好きです(挙げ始めるとキリがない)。歴史上でもキューバ革命のカストロやゲバラもヒーローだろうと思います。

何かを成し遂げる人もヒーローだし、誰かを救うのもヒーローだし、ヒーローの考え方は人それぞれ捉え方・見方によって変わってくるでしょう。

いろいろな分野や時代でヒーローがいる中で、私の中には明確に“これこそヒーロー!”という基準があります。

それは、『心を揺さぶられたか』です。

emotionとは少し違う”move”なイメージ。私はことあるごとに感動するし、涙もろいのですが、ヒーロー基準となる”move”は何ともうまく説明できない感情なのです。私のヒーローが誕生する瞬間は、過去のできごとやその人の背景、時間やタイミング、さまざまな要素が絡み合って、私の心を大きく揺さぶるのです。とても言葉では表せられない感情なのです。


僕のヒーロー(No.2)


一人目は、”野人”岡野。
言わずと知れた日本のサッカーW杯初出場を決めるVゴールを決めたFW。

1997年のフランスW杯最終予選まで遡る。当時、アジアのW杯出場枠は3.5チーム。アジアのTOP3と、大陸間プレーオフでアジア4位チームとオセアニア地域の代表チームの勝者が出場できる条件だった。

1997年11月16日
アジア最終予選 vs イラン

当時の日本はまだまだアジアの中でも中堅くらいの立ち位置で、韓国やサウジアラビアに後塵を拝していた。イランとはアジアの3位4位を争う試合で、勝てばW杯出場決定、負ければ大陸間プレーオフへという状況だった。日本の要は司令塔中田英寿(20歳)。異論はあると思うが、日本サッカー界を変えた男と言っても過言ではない。圧倒的な存在感とキャプテンシー。キラーパスなんて言葉はこの辺で生まれたんじゃなかろうか。

中田英寿

ゲームは、前半にゴン中山のゴールで先制するも、イランに2点を返され逆転を許す。後半途中、岡ちゃん(岡田監督)は思い切ってゴンとカズを、ロペスと城へ、FW2枚替えをした。その時のカズの反応は覚えている人も多いのではないだろうか。

交代が俺?とベンチに聞き返すカズ

この時のカズの納得いってなさそうな反応は個人的にはすごく分かる。Jリーグ発足以前から日本サッカーを牽引してきた張本人でもあるし、ドーハの悲劇も経験しているし、W杯への思いも人一倍あったと思う。

【ドーハの悲劇】
1993年10月28日にカタールの首都・ドーハで行われた、アメリカW杯アジア最終予選の最終節、日本代表対イラク代表戦の通称。
第4戦終了時点で日本はグループ1位となり、初の本戦出場に王手をかけていた。しかし最終第5節で、試合終了間際まで2-1でリードしていながら、ロスタイムにイラク代表に同点ゴールを入れられ、一転して予選敗退する結末となったことから、ドーハの悲劇と呼ばれている。

Wikipedia

その後、交代で入った城彰二が同点ゴールを決め、戦いは延長戦へもつれこんだ。

ここで、スピードスター”野人”岡野が投入されるのである。岡ちゃんが最後の交代カードを岡野に使ったのだ。当時は延長Vゴール方式。延長前半・後半15分ずつ計30分の間に先に点を取った方の勝ちだった。お世辞にも岡野はうまい選手じゃない。でも異次元のスピードを誇る岡野の延長戦での投入は、何か起きるんじゃないかと期待させるには十分だった。

しかし、岡野は中田から再三チャンスメイクを受けながらも決められず、キーパーと1対1の場面でもパスを選択するなど、ベンチやサポーターの期待は下がり始めていたように思う。やっぱり岡野じゃダメか・・・そんな空気感。延長後半も残り2分を切り、PK戦での決着を予想していた。

その時だった。


決めた。岡野が決めた。

岡野は最終予選、8試合中、FW7人?の中で唯一出場ゼロだった。そして最終予選初出場がこの緊迫したVゴール延長戦の舞台。日本中が注目している。全員が期待している。W杯初出場がかかっている。ものすごいプレッシャーだっただろう。岡野はとにかく走って走って走りまくっていた。司令塔ヒデからスルーパスがバンバン出る。でも決められない。本人は押し潰されそうになっていたに違いない。それでも、走り続けた。ヒデが持ったら”パスが来る”と、とにかく前を向いていた。観ているこっちも「岡野走れ!行け!打て!」期待をひとりに寄せすぎていたかもしれない。

それでも最後まで、ヒデが前を向いてドリブルをしている間、岡野はいつでも走り出せる体制をとっていた。

ドーハの悲劇、無名からのJリーガー、最終予選初出場、W杯初出場、
全国民の期待、そして・・・延長Vゴール・・・

雑草からのし上がり、日本サッカー界の夢を叶え、全サポーターの夢を叶えた岡野のゴールは、小学5年生のサッカー少年だった私の心を大きく揺さぶった。たくさんの背景や要素が絡み合って感情がごちゃ混ぜだったことを覚えている。ひとつのゴールが世界を変えたのだ。


この瞬間、”野人”岡野は「僕のヒーロー」になった。

ゴール後ベンチに向かう”野人”岡野


僕のヒーロー(No.1)


二人目はキング・カズこと三浦和良。
みなさんご存知のカズ。現役最年長のカズ。

サッカー人なら覚えているかもしれない。

2011年3月29日
東北地方太平洋沖地震復興支援チャリティーマッチ がんばろうニッポン!
日本代表 vs Jリーグ選抜「TEAM AS ONE」

当時の日本代表とJリーグ選抜の練習試合だ。
もともと日本代表の強化試合が予定されていたが震災でキャンセルとなり、急遽このチャリティーマッチが組まれたのである。

日本代表は強化の目的もあるためアジアカップ優勝メンバーを中心としたガチンコメンバー。拘束力のない海外組が全員参加したのもそれぞれに想いがあってのことだろう。対するJリーグ選抜「TEAM AS ONE」は各チームから”チャリティーマッチ”にメンバーを選抜するという構成だった。東北出身の選手、所縁のある選手、強い意思を持って参加した選手、そこにはカズも選ばれていた。そして監督にはピクシーことドラガン・ストイコビッチ。

試合は、チャリティーマッチとは思えないほど緊張感のある試合だった。日本代表はザッケローニ監督が新しいフォーメーションを試したりと、先のW杯予選を見据えて采配を振るっていた。Jリーグ選抜「TEAM AS ONE」も元日本代表を中心に相手と遜色ない実力者が並ぶほどで、プレーは本気そのものだった。チャリティーマッチとは思えない異様な空気感だったのを覚えている。

私は当時の職場のフットサルチームの先輩たちと居酒屋で飲みながらテレビにかじりついていた。アソビがほとんどない試合運びで日本代表が2点をリードする展開。ヤット(遠藤)がフリーキックを決めた後、喪章を掲げ「3.11」に祈りを捧げるパフォーマンスもよかった。日本がひとつになれる瞬間でもあったと思う。

後半、両チームともに選手を大幅に入れ替え、招集した選手のほとんどが出場した。後半途中、カズ出場。

この時、日本中のサポーターが”こうなったらいいな”と同じことを思い描いていたと思う。

先輩たちとも話していた。「ここでカズ決めたら持ってるよね」って。

カズがボールを持てば歓声が上がり、みんなが期待していた。

後半残り10分。GKから前線へ。闘莉王がDFと競り合う。この時カズはまるで落下点が分かっているかのように走り出していた。

そしてサッカーの神様は見透かしたかのように微笑んだ。


誰もが思い描いたシーンが現実となった瞬間だった。誰が決める1点より、どこで決める1点より、いつ決める1点より、重みのある1点だった。

東北の人たちの気持ちは計り知れないし、東京で震災を経験した私ですら、毎日を過ごすことに緊張や不安を覚えていたくらいだ。緊急地震速報が毎日のように鳴り響き、物資は不足し、計画停電により真っ暗な中過ごさなければいけない状況だった。それでも被災地に比べれば・・・

スタンドに向かって踊るカズダンス。
突き上げた右手にこめられた想いはどれだけの人の胸に届いただろうか。

ゴールの瞬間、私はひとり立ち上がりカズコールをするも居酒屋では顰蹙をかった。それでもテーブルに座ると先輩たちが新しいジョッキを注文し、カズゴールに乾杯した。みんな気持ちは同じだったのだ。

東日本大震災という未曾有の災害。サッカーなどしている状況ではなかったと思う。それでもプロスポーツとしてできることを精一杯表現してくれた全ての選手や関係者には賛辞を送りたい。

この瞬間は、悲しみや憂い、喜び、感謝でもない何か特別な感情だった。


これ以上説明する必要はないと思う。
カズはやっぱりカズだった。
「僕のヒーロー」 三浦和良

背番号「11」とカズダンスに込められた想い


P.S. 本当は3月11日に投稿する予定だったのですが、いろいろと考えることもありタイミングがズレてしまいました。サッカー少年の端くれとして、この瞬間は忘れることはないと思います。


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