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“言葉”と向き合え。本物になれ。

言いたいことも言えない世の中から、今ではSNSが発達し何でも言いたい放題の世の中に。

だからこそ、言葉に対してより慎重でありたい。
言葉には品性と教養が出る。
絶望も希望も、悲観も楽観も、全ては言葉から始まる。

だからこそ、言葉一つで自分の人生も、他人の人生も変わるんだ。

そんな事を先日のPPPTOKYO新宿FACE公演のエンディングを通じて改めて感じました。
公式YouTubeチャンネルにて全編アーカイブが視聴出来ますので、是非!
※エンディングは2:11:00頃〜

■かつて炎上した話

その昔、SNSでの発言が原因でいわゆる炎上を経験した。
当時所属していた団体から処分を受ける事にもなった。
しかしながら10年近く経って、それでもやはり当時の自身の発言について、間違った事は言っていないと胸を張って思う。


※その時こっぴどく怒られた高木三四郎さんとは先日自身の10周年記念試合で再会。プロレスっていいね。


補足すれば、その表現に問題はあったのかもしれないけれど、その言葉の本質として感じる部分に間違いはなかったと思っている。
逆説的に、その当時感じた自分の思いに忠実に突き進んだ結果が、今の自分やPPPTOKYOという世界だ。
どちらが正義かというわけではなく、ここではその言葉に信念と覚悟があったという事を伝えたい。

■だからこそ言葉選びは丁寧に

その時に言葉の持つ力は凄い、という事を多角的に感じた。
語弊を恐れずに言えば、知性や教養のない人には届かない(理解されない)言葉というものも存在する。文字は読めるけれど、本が読めない(文脈を介せない)人が増えているという話もよく聞く。
短すぎる言葉は魅力的な反面、諸刃の剣で、語弊や誤解を生む可能性も孕んでいる。
人に伝える言葉選びというものを慎重に考えるようになった。

■言葉への不安

上記のような経験があると、人は発言を恐れるようになる。
怒られるかも…嫌われるかも…空気を壊すかも…
言葉に対して不安が生まれる。
そうやって物言わぬ民が生まれるのかもしれないし、匿名で声を上げる歪な文化が生まれてしまっているのかもしれない。
けれど、それは即ち「考える」という作業を放棄してしまっているに等しい。
「考える」事は言葉の質を上げてくれるし、自身の言葉により一層磨きがかかる。
「考える」事から逃げない人生でありたい。

■言葉への責任

貴方が発したその言葉に、責任はありますか?
SNSで訳のわからない感想やリプライを飛ばしている人に問い掛けたい。

「考える」事を通じて生まれた言葉には責任が伴う。
逆に、反射的に出てしまう言葉に責任はない。
反射的に何かを言う前に一度咀嚼して「考える」クセをつけていくと、人生の質もグッと変わる気がする。
それは即ち想像力でもあり、言葉の先に居る人や景色を考えられているかどうかということだ。
これは自身の反省や経験を踏まえてそう感じている。

■言葉が強くなる瞬間

日々思慮を巡らして「考えた」先に、「覚悟」が乗ればそこに真の“言葉”が生まれると思う。
真の言葉とは人の心に響き、人の人生を変えるような、そんな言葉のことだ。
覚悟とは行動するための一番のエネルギーであり、唯一無二のそれである。

何かを成し遂げようとする人は
・想い
・思考
・覚悟
・行動
・反省
という人生のPDCAサイクルを繰り返しているのだと思う。
そんな人の言葉は誰よりも強く、人の心を打ち抜くのだと思う。

本気は伝わる。


大門寺選手の言葉は本物だ!


■ウソはバレる。

そんな経験をしていくと本気の言葉とウソの言葉の見分けはついてくる。
自身の団体で後進の育成に努める中で、この事は強く感じる。
考えて覚悟を持った人間の言葉は強いし本気だ。
けれど浅はかな思考で言い放ったそれは、想いや想像力に欠ける。
いつだって人生に本気で、本気の言葉を発せられる人間を育てていきたい。

もっともっと考えよう。期待してる。

■PPPTOKYOは本物を目指す。

先日の公演は多くの人に見て欲しい。届けたい。
覚悟を持った人間の、覚悟を持った本気の闘いとその言葉を是非感じて欲しい。
我々は誰に何と言われようと、「感動と熱狂を創り続ける」という理念の下、本物を目指します。
そして真に強い言葉を持てる人間たちの集団でありたいと思っています。

この記事もまた、誰かにとっての何かの糧になれば嬉しいです。

今回は短めに、この辺で。
さあ、人生という名のパーティーを続けよう。

PPPTOKYOは感動と熱狂を創り続ける。



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