みんな、いい子だったんだよ
こんにちは。
松本の桜は満開です。
お昼休みにお店の周りをぐるっと歩きました。
あたたかくて、気持ちよかった。
橋から女鳥羽川を見下ろし、ここへ来て、もうすぐ半年か、と感慨深くなりました。
流れる水は時間の流れを思わせるからでしょうか、川を見下ろすと感慨深くなります。
先月の出張で出会った、ある男性について書いてみます。
手の長いひとだなというのが彼を目にしたときの印象でした。ちいさなリュックを背負い、ベージュのキャップ帽をかぶり、ぶらんぶらんとその長い手を振ってやってきました。
年の頃は70代。
いらっしゃいませ、というと、
いいね、やっぱり、いいね、と彼。
よかったら、座ってみてください。
いや、いいよ。おたくの家具がいいもんだってことは知ってるから。
ちょうどお昼時で展示会場にはぼくと彼のふたりきりでした。
椅子ひとつくらいなら、買えるんだけどな。
じゃあ、買ってください。
彼女がいればさ、こういう椅子に座って毎日いい気分で朝ごはん食べたりさ、いいじゃない。
いいですね。彼女って奥さん?
彼女は彼女だよ。きみだって、いるでしょ?ひとりやふたり。
ぼくは奥さんひとり、大切なのは。
そういうこと言うやつ、おれ、絶対信用しない。
いっしょにしないでください。
ほんとにさ、みんないい子だったんだよ。おれなんかのどこがいいんだろって思うんだ。もったいないよ。
魅力があるんでしょ、でなきゃ、いっしょにいませんよ。
みんな、おれより先にいっちゃうんだ。いつもそうなんだ、ひとりくらいおれより後にいってくれたらよかったのに。
それは、さみしいですね。
うん、さみしい。
それから、ふらふらとテーブルや椅子を見ながら歩き回り、まじめな顔でいいました。
わるいな、椅子買っていけないんだよ。おれ、いま息子の家に住んでるから、勝手に買って行ったら怒られちゃうんだ。
それは、買っちゃだめですね。
わるいね、これ、売ってるの?
食器棚のなかの器を指さすと、ひとつ、飯碗を手に取り、
こういうの、好きなんだよ。器っていいよね。
いいですね、新しいものが来ると気分も変わりますしね。
うん、これにする。
いいんですか?
うん、これくらいだったら。
ありがとうございます。
飯碗ひとつをリュックに入れて、ぶらんぶらんと手を振りながら彼は帰りました。
その日、ぼくがお買い上げいただいたのはその飯碗ひとつでした。
名前も知らない彼のことを、ふと、思い出します。
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