ある日の怪異

ある日、友人と都内でしこたま飲んで、終電を逃してしまった
金のない私は、友人の家までタクシーを相乗りしてその先は徒歩で帰宅することにした
電車で数駅の距離だが、歩いて2〜3時間
自宅に帰ってのんびり寝たかった私としては、始発まで飲み屋で過ごすよりも魅力的に感じたのだ

スマートフォンのナビで道を確認する
大きな道路沿いに真っ直ぐ道なりを示していた
方角を確認して歩き始めると、夏の夜風がゆるく吹いていて、ほろ酔いで歩くのはなかなか気持ちよかった

以前も友人宅から徒歩で帰ったことがあるので、そんなに不安もない
少し大きな森林公園の脇がかなり暗いことと、途中の墓地がなんとなく怖いことを除けばほぼ大きな道路ぞいを真っ直ぐ進むだけだ
なんなら明け方は大きなトラックも通り、交通量もある
途中でコンビニにでも寄って缶チューハイを一本追加しようかなんて考え始めた頃だ

確かにナビの通り歩いたはずだが、見覚えのない道を歩いている
日が昇ってくる頃には周囲は森と、いくつかの民家のような景色になっていた
車通りも一切ない
しばらく歩いて酔いの覚めた頭で思考を巡らす
とりあえず、現在地を確認しよう
ナビを確認するがフリーズしてしまって、スマートフォン自体の電源も落ちてしまったので現在地も分からなかった
ただ、緑の中、朝の爽やかな香りと気持ちの良い空気の中で、なぜだかどうでも良くなってしまった

こんなに気持ちいいのだし、散歩がてら迷子になるのも悪くない
大きな道路からは外れていないのだから、真っ直ぐ歩けばどこかしらにたどり着くだろう

と、考えた
普段の私であれば、こんなことはしない
スマートフォンの再起動を試みて、道路の看板をヒントに別の道を探そうとする
あの日はなぜだかそう思わなかった
実際、そうせずに真っ直ぐ歩き出したのだ

気付けば、ようこそ〇〇村、、なんて書かれた場所にいた
ただ、ホラー映画に出てくるような雰囲気じゃなく、本当に長閑なところだった
田んぼが朝日に照らされてキラキラと輝いている
木々も風に吹かれてサワサワと鳴る
ただただ、気持ちのいい朝
私は気分よく、さらに歩き続けた

しばらくすると森の中に入った
木が生い茂っていて少し薄暗いが、木漏れ日が美しく、いいところ見つけちゃったなぁなんて呑気に思っていた
ちらほら散歩をしている人がいる
近所の人だろうか、こういう散歩コースはうらやましいなぁと眺めていると後ろから

チリン、チリン

と鈴の音がした
後ろから自転車でも来たのかと道を開けると、
チリンチリンと音を鳴らしながら、真っ白な、のっぺりとした、人型の何かが横を通り過ぎる
私の背丈よりもかなり大きな、腕の長い、何か
上を見上げたら顔がありそうだが、見てはいけない気がした
私は硬直してしまった
浅く早い自分の呼吸音と木々のざわめき、そして、チリンチリンという音以外何も聞こえない
冷や汗が背中を伝う頃、鈴の音が切り取られたように途切れた
私は咄嗟に前を見る
そこにはただ、朝の爽やかで美しい森が広がるのみだった

そこから歩いて歩いて、ようやくぶち当たった駅は目的地から大きく外れていて、何故かスマートフォンも復活した
数時間、厚底のサンダルで歩いたふくらはぎのだるさと言ったらない
電車の座席に沈み込むように座り、イヤホンで流行りの音楽を聴きながら、あれはなんだったのだろうかとぼんやり考えた
怪談話をするのが好きな私は、いいネタができたなぁとも思っていた

それからしばらくして、友人とその話をした
私の歩いたルートを伝えると、時々車で通る道であり、かなりルートから外れている、よく歩いたなぁなんて笑っていた
私が、いつもだったらもっとちゃんと調べるのになんでだろうなぁ、変な村まで着いちゃって、と言った時だ

村?
友人が聞いてきた
道中に村があったと伝えた

私はこの体験をした中で、この時が最も怖かったように思う

村なんてないぞ

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