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新ノーマル市場への対応

1.後戻りはできないが動けない企業

 自粛中、店を閉めていた小売企業は売上、利益が上がらず、賃料、人件費等の経費は出ていた。その期間に販売するはずだった商品が在庫として残っている。
 在庫を処理しない限り、次の商品は仕入れられないし、赤字を解消するには、例年以上の売上が必要になる。
 ということで、多くの小売企業は手詰まりだ。できることは不採算店、不採算部門を閉鎖し、社員を解雇することだけだ。
 処分できるものは処分した後、次に何をすればいいのだろうか。その準備をしておかなければ、危機を脱したとしても、将来は見えてこない。
 こうした切迫した状況にも関わらず、経営者、社員共に、これまでのルーティンを繰り返すだけで、新しいことに手をつけない。
 考えてみれば、20年以上、安売り商法だけを行ってきた。多くの人は、新しいプロジェクトを企画し、運営するという経験をしたことがない。従って、考えることもできないし、企画することもできない。
 ということで、バブル時代に新プロジェクトをいくつも手がけてきた世代の一人として、時代変化の分析と新プロジェクトのコンセプトについて提案したいと思う。

2.インドア、ローカルの生活シーン

 新ノーマル市場とは何か。コロナ以前の変化がコロナと共に加速した市場と言えるかもしれない。
 第一に、「インドアを中心にした生活」だ。
 これまでも巣籠もり、コクーンと呼ばれる消費スタイルは存在したが、それが「テレワーク」で一気に主流になった。
 テレワークは会社の立地や規模を変え、周辺のコンビニや飲食店、居酒屋の消費を減少させた。
 その分、住宅の中で仕事をするスペースが必要になり、家の中で飲食する機会が増えた。そして、外食よりお取り寄せが増えた。
 会社に通勤しないので通勤着が不要になった。会社内での同性や異性の目を気にしなくても良くなったので、ファッションやヘアメイクで見栄を張る必要もなくなった。
 常にマスクをしているので、化粧もスキンケアとアイメイクだけで済む。
 このように、これまで家の外、会社の中のシーンを設定していた商品を全て、インドアに置き換える必要がある。
 アパレルなら、インドアのくつろぎ着が中心になるし、靴なら室内履きが重要になる。あるいは、家から近所のコンビニ程度まで歩くことを設定した気楽な服や靴である。
 つまり、衣食住全ての消費スタイルが変わるということだ。
 第二に、「密な都心から疎な地方へ」と市場が変化する。
 これは、グローバルからローカルへという流れにも呼応している。
 大都市はグローバルな生活スタイルが中心だ。東京、ニューヨーク、パリ、ロンドン、シンガポール、上海等は、ほぼ同じブランドショップが並び、世界各国の料理が楽しめる。
 都会は密な空間である。密な空間はエキサイティングで楽しい。しかし、コロナ禍によって、密が禁止され、疎を再発見することになった。
 地方の疎な空間は、ウイルス感染のリスクも低く、独自の文化、アイデンティティを持っている。
 大都市のグローバルな人間は、共通の資本主義経済、自由主義経済、貨幣経済を基本とした最先端の競争社会に生きている。
 地方には独自の歴史と文化、地域に根ざした価値観、美意識がある。伝統工芸や地場産業があり、独自の生活スタイル、衣食住がある。
 これまでの商品企画は、主に大都市を中心としたグローバルスタイルだった。それをローカルスタイルに変えることが求められる。
 例えば、東京のブランドよりも、秋田や青森のブランドを発表した方がインパクトがある。また、自治体や大学、地場産業の企業等とのコラボレーションも組み易いだろう。
 あえて、地方発のブランドを作り、それを世界に発信し、独自のファンを増やしていく。全国一律のビジネスから、地方の独自性を発信するビジネスへの転換である。
 

3.脱トレンド、脱大量生産 

  第三のテーマは、「大量生産の中国製品から、少量生産の日本製品へ」。
 グローバル経済の象徴が「中国製品」だった。中国は「世界の工場」であり、世界の市場に向けた商品を生産している。日本市場の中でも中国製品の占めるシェアは圧倒的だ。
 日本企業が中国生産を始めた理由は大量生産を維持するためだった。その前提となるのは、安い商品を使い捨てるという消費スタイルである。
 しかし、環境問題、エネルギー問題への関心が高まり、安い商品を使い捨てるという生活スタイルは否定されるようになった。
 コロナ禍では、家にいる時間が増えた結果、「断捨離」に励む人が増えた。無駄なモノを整理し、モノを減らすと、精神的にも余裕が生れる。モノを買い、モノに囲まれた暮らしはストレスにつながるのだ。
 断捨離をした人が、安物を使い捨てる暮らしを続けるとは考えづらい。一つのモノを長期間、大切に使いたいと思うはずだ。そうなると、中国製品を使う必要はない。同じように支出するならば、多少価格は高くても、日本製品を大切に使うことで、日本社会や日本経済に貢献したいと考える生活者も少なくないだろう。
 また、中国製品の比率を減らし、日本製品の比率を高めることは、次のウイルス感染等で貿易が止まった場合の経済安全保障にもつながる。

 第四のテーマが、「トレンドよりアイデンティティ」だ。
 これは、前述した都会から地方への動きとも連動している。グローバルトレンドよりも、地方のアイデンティティ、個人のアイデンティティを重要視したブランドが出現するのではないか。
 そもそもトレンド情報には、シーズン毎に新しいテーマを打ち出すことで、過去の商品を陳腐化し、新たな商品を販売するという意味がある。
 オートクチュールの起源は貴族のパーティードレスであり、毎回新しいドレスを作るニーズがあった。そこで、シーズン毎に新しいテーマで半年分のコレクションを発表したのである。
 その流れで富裕層を対象にしたオートクチュール、プレタポルテのコレクションへと変化した。ライセンスビジネスも拡大し、ブランドイメージの維持するためにも、常に変化を続けることがミッションとなったのである。
 それが大衆ファッション、ファストファッションにも波及した。富裕層向けのコレクションのトレンドをアレンジし、大量生産、大量販売したのだ。大衆向けの服がトレンド変化を続けることは、使い捨てを促し、廃棄を増やすことにつながる。
 大衆にファッションは必要なのか。むしろ、個人のアイデンティティに合わせ、機能的で合理的なロングセラーのワードローブを提供することの方が価値があるのではないか。
 

4.陳腐化しないロングセラー商品

  第五のテーマは「デジタルな変化よりアナログな改善」、第六のテーマが「視覚訴求より素材訴求」である。
 この二つのテーマは、ロングセラー商品を作るという意味で共通している。
 これまでは、店頭起点で店頭の変化を収集し、売れるモノを供給してきた。しかし、コロナ禍で自粛した結果、次々と変化しながら使い捨てていくビジネスは成立しなくなっている。1シーズンだけの商品ではなく、何年も売り続けるという気持ちでモノ作りをしなければならない。
 形の変化を追いかけるのではなく、素材や仕様の改善を続けていく。デザインの差別化ではなく、品質の差別化、サービスの差別化を行う。一度購入したら、リピーターになりたくなる商品が求められている。
 流通チャネルも変化している。店頭販売からネット販売である。店頭販売では、店舗というある程度の空間を商品で埋めることが求められている。そこで、デザインのバリエーション、カラーのバリエーションが必要になる。店舗は視覚で勝負している。従って、VMDが重要なのだ。
 ネット販売では、視覚よりも、テキスト情報が重要になる。検索するのはテキストが基本だ。
 商品企画は、テーマ、ストーリー、素材、仕様が重要になる。それぞれの要素をいかにこだわっているか。そして、クラウドファンディングのように、企画の途中段階から消費者を巻き込みながら、企画を詰めていくという手法も有効だろう。

5.セルフメイドの魅力訴求

 第七のテーマは、「セルフメイドの魅力訴求」である。これまでは、常に経済合理性が追求されたが、大量生産から少量生産になると、コスパよりも体験型消費が求められるのではないか。
 簡単に言うと、モノ作りに顧客を参加させるということだ。つまり、自作の服やバッグ、靴を作りたいと思う顧客には何を提供すれば、それが実現するか、ということである。
 たとえば、顧客が自分で素材や付属など、原材料を揃えるだけでも大変である。
 また、縫製加工するためのミシンなどの機械も必要になる。ミシンは時間貸ししてくれる施設もあるので、そこを利用してもいいし、工場に来て貰ってもいい。もちろん、素人にミシンを触らせると壊れる可能性もあるで注意が必要だ。
 途中の段階まで顧客が行い、それを工場で仕上げることもできる。その場合、量産品より高い価格になるかもしれないが、それは仕方がないだろう。
 アイテムによるが、何枚以上、何個以上発注してくれれば、量産品と同じ価格で請け負うというサービスでもいい。
 とにかく、世界に一つだけのオリジナルを作って貰う。
 自分で育てた野菜は美味しいし、自分で作った料理は美味しい。同様に自分で作った商品にも愛着が湧くはずである。
 企業が仕事として行うならば、いかに効率よく、早く作れるかが問われるが、趣味として作るならば、半年かけて一つの商品を作ってもいいのだ。
 とにかく、メーカーが作ったものを並べて、顧客に選んで貰うというスタイルを打破し、顧客に作る作業に参加してもらう。これにより、顧客のコミュニティを作ることができれば、最終的にビジネスにつながるだろう。 

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