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ツボ【4】モンスター顧客によって遅延が免責されるか

4回目のテーマは,ユーザの担当者によるパワハラ的言辞がある場合について。

よくいる業者いじめのおじさん

システム開発取引は,専門家(ベンダ)vs素人(ユーザ)だから専門家は重い責任があるのだという話がある一方で,発注者(ユーザ)vs受注者(ベンダ)という関係から,しばしばユーザからベンダに対して無理難題を押し付けてくるケースがみられます。

私も,昔,開発現場にいたころ,クライアントの管理職に,気に入らないことがあると灰皿やペンを投げる人がいて,なかなか苦労をしました。さすがに今はそこまでする人はほとんどいないと思いますが,企業内のパワハラと同じで,メンタル面でに追い込んでくる人は少なくありません。

たとえば,こんなやり取りがあります(これは架空の会話であり,現実のやり取りに酷似していたとしても,それは偶然です。)。

ユーザ「要件定義の期間がとっくに過ぎてるのにまだ終わらないの?」
ベンダ「現場の方にお聞きすると,これが足りない,あれが必要,と言われてしまうので」
ユーザ「現場の意見をいちいち聞くなって言ってるでしょ!現場は今のままいいとしか考えてないの。それで遅れたって言われても,延びたぶんの費用は全額払ってもらうからね」
ベンダ(前は現場からのヒアリングが足りないって怒られたのに)
ユーザ「で,いつ終わるの,要件定義?」
ベンダ「要件定義書のレビューを終えていただかないことには」
ユーザ「は?そうやってウチの所為にするわけ?それがおたくのやり方なの?そうやってまた追加,追加って言ってくるんでしょ?」

その結果,矢面に立つベンダのPM(プロジェクトマネジャー)が,超長時間労働に陥り,メンタルをやられてしまって出社できなくなり,やむなく交替,そして代わりに送り込まれたPMもなかなか立ち上がらず,さらにプロジェクトが遅れる,といった負のスパイラルが生じます。

ユーザ側のプロジェクト責任者も,最初からベンダを追い込んでいるわけではありません。社内で重責を担わされ,プロジェクトの成功に向けて強いプレッシャーをかけられており,ベンダにすがる気持ちが,いつの間にかエスカレートしてパワハラと評価されてもおかしくない言動に出ることがあります。ただ,もちろん,そういった行動が正当化されるわけではありません。

遅れの原因はパワハラにある,と言えるか

では,こういう事案で,ベンダは,ユーザの協力義務違反を主張したり,遅延の責任がユーザ側にあるということを主張したりすることができるのでしょうか。この点については,一つ興味深い裁判例があります。

東京地裁平成19年12月4日判決(平17ワ15551号)は,ユーザXがベンダYに対して,システムの未完成の責任を問い(本訴),ベンダYからユーザXに対して,協力義務違反の責任を問うた(反訴)という事件です。

この事案では,ユーザXの代表者が,ベンダに対し,

やる気がないのか」,「何だ,この契約は終わりだぞ。自分がこの部屋から出て行ったら終わりだぞ。

と強い口調で言ったことが認められており,これらをもとに,ベンダは,「攻撃的,高圧的な言動によって罵倒するなどしたことにより,被告担当者が本件請負業務から離脱せざるを得なくなった」と主張していました。この点について裁判所は,

(それらの発言は)被告の作業の遅滞やその対応に起因しているものであって,度を超えた言動とまではいえない
また,ベンダのPMが病気により本件請負契約の業務から離脱したことについて,その原因は定かではないが,本件請負業務によるストレスが原因になっていたとしても,本件請負業務の作業負担の見通しなど,基本的には被告における労務管理上の問題というべきであって,これを原告の責めに帰することもできない。

として,ユーザの協力義務違反は認めませんでした(もちろん,その他の事象も含めた総合的な判断ではあります。)。

ここで重要なのは,PMの健康管理は,ベンダ内部の労務管理の問題であるということで,それを理由に,ただちにユーザに責任転嫁することはできないということです。程度の問題はありますが,あくまで特定個人の言動が苛烈だからといって,それを直接的に会社の義務違反があったとするということは容易ではありません。

パワハラと思われるときは

ベンダとしては,契約上の債務を履行することはもちろんのこと,PMを始めとする現場の従業員を守らなければなりません。安全なバックエンドから予算上の利益の確保,スケジュール遵守に向けたプレッシャーを与え続けるだけでは現場のPMが板挟みにあうだけで,優秀な従業員を失ってしまう危険もありますし,何か事故が起きれば,従業員に対する安全配慮義務違反の責任も問われかねません。

PMから「モンスター顧客に悩まされている」という危険信号があがったときには,「そこを何とかするのが腕の見せ所」などと突き返すのではなく,実態を調査し,ユーザの側に問題があれば,たとえそれが顧客であったとしても,クレームを入れるべきでしょう。

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