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ツボ【9】開発委託契約における特許権等の帰属

ソフトウェア開発委託契約で,しばしば論点となる知財に関する条項といえば,著作権の帰属ですが,ここでは特許権等(著作権を除く知的財産権)の扱いについて考えてみます。

著作権はユーザに移転することが多い

多くの開発委託契約では,納入物に関する著作権は,納入又は代金の完済とともに原則としてベンダからユーザに移転するということが定められています。

(納入物の著作権)
第45条 納入物に関する著作権(著作権法第27条及び第28条の権利を含む。以下同じ。)は、乙又は第三者が従前から保有していた著作物の著作権及び汎用的な利用が可能なプログラムの著作権を除き、甲より乙へ当該個別契約に係る委託料が完済されたときに、乙から甲へ移転する。なお、かかる乙から甲への著作権移転の対価は、委託料に含まれるものとする。

上記は,IPA・経済産業省のモデル契約<第二版>(2020)の45条1項のB案で,他にA案(ベンダにすべて帰属),C案(ベンダ・ユーザの共有)も提示されていますが,実務的にはB案に近い形態が多く採用されていると思われます。

この背景には「お金を払ったのだから権利も寄越せ」というユーザの考え方がありますが,この点については10年前に別のブログで今から思えば拙い文章を書いたように,疑問もあります。

とはいえ,本記事は特許権等の扱いについてなので,いったんこの問題はここでとどめます。

特許権等は発明者主義

これに対し,著作権以外の知財については,一律に定めるのではなく,発明者に帰属するという定め方が一般的です。下記の条項例は,先ほどのモデル契約から引用していますが,著作権と異なり,条文案としては1つしかありません。

(納入物の特許権等)
第44条
 本件業務遂行の過程で生じた発明その他の知的財産又はノウハウ等(以下あわせて「発明等」という。)に係る特許権その他の知的財産権(特許その他の知的財産権を受ける権利を含む。但し、著作権は除く。)、ノウハウ等に関する権利(以下、特許権その他の知的財産権、ノウハウ等に関する権利を総称して「特許権等」という。)は、当該発明等を行った者が属する当事者に帰属するものとする。

契約上「本件業務」を遂行するのはベンダなので,「本件業務遂行の過程で生じた発明」というのは事実上,ベンダに限られることが多いと思われますが,ユーザが仕様を提示する過程で,発明してしまったとすればユーザが特許を受ける権利を有することになります(発明者の認定はそれはそれで難しい問題ですが,ここでは触れません。)。

なぜ両者は異なる扱いになるのか

ときどき,ユーザから,「お金を払ったのだから権利も寄越せ」の論理を特許権等にも適用して,著作権だけでなく,特許権等についてもユーザに移転させたいという要望が出されることがあります。これに対してベンダはどう答えたらよいでしょうか。そこはソフトウェア開発委託業務の目的から説明することができそうです。

ソフトウェア開発委託は,端的にいえばプログラムを書いて,動くようにし,それを提供してもらうことを目的としています。ベンダが委託業務を遂行すると,コーディングすることによって必然的に著作権が発生します(すべてのプログラムが著作物になるわけではありませんが,対価を支払って一定量のプログラムを開発する場合,何らかの著作権は生じる可能性が高いでしょう。)。

したがって,ユーザとしては,「プログラムを作ることを頼んだのだから,そこに当然に発生する権利もほしい。そうしないと,お金を払って作ってもらったプログラムをベンダがよそで自由に使われてしまう。」と考えるのも無理もないところです。もちろん,ライセンスでも支障がないケースも多いので,常に移転させるのが正しいというわけではなくユーザの思考としては理解できるという意味です。

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これに対し,発明等は,業務の遂行過程で「たまたま」生まれるケースがほとんどです。そもそも,ソフトウェアの受託開発において発明が生じて特許出願に至ることはそれほど多くありませんし,ユーザも「発明をしてくれ」とお願いすることはありません。ベンダが発明をするケースは,指定された要件を実装するための方法を試行錯誤した結果,うまい処理方法あるいはUIを見つけたというケースが多いのではないでしょうか。そして,それらの発明は,当該取引においてのみ実施可能なものというよりは,より広く,汎用的なものであるはずです。

そういった偶然の産物であったり,ベンダの工夫によって生み出されたものを一律に「うちの開発過程で生まれたものだから」という理由で,無条件にすべてユーザに移転させるということは,公平・妥当だといえるでしょうか。

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もちろん,ユーザに納品されたプログラムを実行することが,当該発明の実施に当たるからといって,ベンダから特許権を行使されてしまうようなことがあってはなりません。そこで,多くの特許権等に関する条項では,ユーザに対し,ベンダに帰属することとなった特許権等の通常実施権を許諾する(許諾料は業務委託料に含まれる。)という規定が設けられています(前掲モデル契約44条3項)。ベンダに帰属したとしても,ユーザが困ることはありません。

また,仕様を詰めていく過程で,相互にアイデアを出し合った結果,発明が生じるということもあり得ます(これが一番多いパターンかもしれません)。その場合には,この条項に従って,ベンダ・ユーザの共同発明となります。共同出願して特許権を共有することになれば,ベンダが,その発明に基づいて別のソフトウェアを作って第三者にライセンスするという場合には,(共同出願に関する契約等に何の定めもなければ)ユーザの同意が必要です(特許法73条3項)。

このように,委託した業務から当然に発生する著作権と,たまたま発生する特許権とでは,同じ取扱いにする必要はなく,後者までも無条件に移転させるという規定は公平性を欠くものといえます。

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