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ツボ【7】民法648条の2とシステム開発取引

「648条の2」の新設

2020年4月に施行された改正民法では,委任契約の報酬請求権に関する規定として,648条の2が追加されました。

(成果等に対する報酬)
第六百四十八条の二 委任事務の履行により得られる成果に対して報酬を支払うことを約した場合において、その成果が引渡しを要するときは、報酬は、その成果の引渡しと同時に、支払わなければならない。

従来は報酬請求に関する規定としては,以下の規定のみで,委任事務を履行した後で請求できるとし(648条2項本文),期間によって報酬を定めた場合には,期間経過後に請求できるとされていました(同項但書,624条2項)。

(受任者の報酬)
第六百四十八条 (1項略)
2 受任者は、報酬を受けるべき場合には、委任事務を履行した後でなければ、これを請求することができない。ただし、期間によって報酬を定めたときは、第六百二十四条第二項の規定を準用する。

新しいタイプの規定についての呼び名は,当初(平成23年の中間論点整理や平成25年の中間試案)では「成果が完成した後に」などといった用語が用いられていたことから(中間試案補足説明492頁),「成果完成型」と呼ばれていましたが,条文には「完成」という用語もないことから,現在では「成果報酬型」という呼び方がされることが多いようです(例えば,中田裕康『契約法』531頁,2017・有斐閣,後述JEITAモデル契約解説5頁)。改正民法のバイブルである筒井=村松『一問一答民法(債権関係)改正』でも,「成果報酬」という語が使われていますが「完成」という用語は使われていません。本エントリでも「成果報酬型」と呼ぶことにします。

要件定義・基本設計は成果報酬型準委任契約とすべきか

成果報酬型が導入されたことによって,特にユーザ側の立場から,システム開発取引においても,特に上流工程である要件定義や基本設計工程では,準委任契約の「成果報酬型」を用いられるべきではないか,という議論がありました。あるいは,さらに極端に,民法改正によって,ベンダは,準委任契約でも仕事完成責任が負わされることになるといった論調のものすらありました。
しかし,これらの議論の中には,成果報酬型を誤解しているものも含まれていると思われます。

そもそもの誤解の出発点は,「準委任契約は,ベンダは工数さえ提供していれば報酬がもらえる」という誤った理解にあったりします。しかし,民法の条文では,①委任事務を履行した後で請求(648条2項本文)を原則とし,②期間によって報酬を定めたときは期間経過後に請求(同項但書)になっているので,上記の論理が妥当し得るのは「②期間によって報酬を定めたとき」だけでしょう。
原則は,いくら工数を提供しても,期間が経過しても,「①委任事務を履行」しない限りは報酬請求できません。そして,実務的には,「委任事務=要件定義書,基本設計書等のドキュメントの作成」としたうえで,その作成を終えたところで報酬請求するということにしてきました。したがって,成果報酬型を用いていなくても,委任事務の内容が「ドキュメントの作成」であった場合には,ドキュメントを作成していない限りは委任事務の履行が終わらないため,報酬請求できないのです。

逆に成果報酬型準委任契約としてしまうとユーザは困らないか

また「成果報酬型」の導入時の議論の際,システム開発取引に適用することについて議論されたものは特に見当たらず,この種の類型の例として次のようなものが挙げられていました(部会資料46・68頁)。

例えば,弁護士に対する訴訟委任がされ,勝訴判決を得た場合には一定の成功報酬を支払う旨の合意がされている場合や,契約の媒介を目的とする契約において,委任者と第三者との間に契約が成立した場合には,媒介者たる委任者が報酬を請求することができるとされている場合である。

これらの例で「成果」とされている「勝訴」「契約の成立」は,実現が不確実なものです。したがって,「成果」を達成しなかったとしても,所定の報酬は請求できず,債務不履行になるわけではありません(「受任者が成果をもたらす義務を負うわけではない」前掲中田532頁)。

ユーザとしては,なるべくベンダに重たい責任を負わせようと,成果報酬型準委任契約は請負に近いものであると信じて成果報酬型を採用してしまうと,ベンダが要件定義書を完成させることができなくなった場合に債務不履行責任を問えなくなってしまうことになりかねないのです(その場合,報酬支払義務は生じないが,契約解除や損害賠償請求はできない。)。

したがって,今のところ,一般のシステム開発取引において,成果報酬型準委任契約を採用すべき場面というのはそれほど多くないように思われます。JEITAやJISAのモデル契約では「履行割合型」とすることを明示していますし,IPA・経産省のモデル契約でも「成果報酬型をモデル契約に積極的に盛り込むことはしないということについて特段異論は見られなかった」とされています(IPA・経産省『情報システム・モデル取引・契約書 DX推進のための見直しにおける民法改正を踏まえた整理にあたって』20頁・2019年)。

敢えて成果報酬型を用いるとすれば,研究開発型の契約,PoCの契約において,事前に定めた一定の基準をクリアする成果が上がった場合(例えば,AIの開発において,識別率を一定割合に達した場合など。)に委託者側から固定報酬以外の追加報酬を支払う,といったような場面がそれに当たるでしょう(下のまとめ参考)。

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委任契約の各類型と実務の例についてのまとめ

請負・準委任の綱引きに加えて「成果報酬型・履行割合型」の綱引きはやめよう

以前,このシリーズの最初のエントリで,請負・準委任は勝ち取るものではない,ということを書きました。

交渉の結果,準委任契約に落ち着いたら次は「成果報酬型」か「履行割合型」か,という論点で争うなどといったことは決して有益なことだとは言えません。双方の法務の間で,抽象的な法形式で争うのではなく,成果物や,作業分担などを議論した上で,フェーズ終了のexit criteriaを現場で話し合った上で,それを法務が契約文書に落とし込むということが必要でしょう。

謝辞

このエントリは,11月28日の情報ネットワーク法学会・第2分科会で,松尾剛行先生から「パネルでは,成果報酬型準委任は使われていないとの報告だったが,伊藤の著書では『成果物の交付をもって報酬請求の条件としている例は多く』(ITビジネスの契約実務・30頁),整合していないのではないか?」との鋭いご指摘を頂いたのが端緒になっています。その場で私も自分の著書の内容が思い出せず,的確な回答ができなかったため,聴いていた方を不安にさせてしまったかもしれません。学会報告後,松尾先生とはダイレクトでやり取りをさせていただき,自分の考えも整理できたので,このエントリ作成に至りました。きっかけをいただいた松尾先生に改めて感謝いたします。

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