見出し画像

馬に乗った赤ちゃん

当時のハロウィンは今のような盛り上がりはなく「アメリカの方でそういうものがあるらしい」くらいの認知度だったと思う。1997年に東京ディズニーランドで、2002年にユニバーサル・スタジオ・ジャパンで、ハロウィンイベントが開催されてから知られるようになり日本で浸透したという説がある。それ以前には1982年12月に公開された大ヒットした映画「E.T.」で子どもたちが宇宙人をお化けに仮装させて家から連れ出すのがハロウィンの日という設定だったので「ハロウィンは子どもたちが仮装して街に出かける」くらいのことは知っている人は多かったと思う。

東京に住んでいた1995年頃、現在の「東京ドームシティアトラクションズ」は「後楽園ゆうえんち」という名前だった。ハロウィンの日は仮装してきたら入場無料というイベントが開催されていたので、当時通っていた舞台芸術学院の生徒で構成された劇団の仲間で仮装して後楽園ゆうえんちに行くことにした。もちろん、入場料が無料になることが動機になっているわけではなく、仮装して遊園地を闊歩できることが動機になっている。行くことを決めた日に仮装衣装を東急ハンズで購入したことを記憶している。

決行日の夕方になり、当時住んでいた池袋のアパートで仮装衣装に着替えた。下半身は馬で、上半身は赤ちゃんという出で立ち。『下半身は馬』とはいえ、ケンタウロスのような格好ではなく、股間部分から馬の首が伸びて頭が付いており、お尻にはしっぽが付いているような茶色いタイツ。志村けんの履く白鳥タイツの馬版と捉えるとイメージがしやすい。上半身は裸になり胴体手足付きの赤ちゃんのかぶり物をつけ、手先の部分についた棒を持って操作をする。それもまた志村けんの赤ちゃんの仮装のような感じだ。出来上がりを遠目で且つ薄目でみると赤ちゃんが馬に立ち乗りしているように見えていたはずである。おそらく。

その格好のままアパートから出た。ものすごい恥ずかしさだったが、一歩外に出るとそれを忘れてスイッチをオンにできた。まだ日が落ちる前のトワイライト、池袋の街なかを歩く馬に乗った赤ちゃん。モスバーガーに入りレジのカウンターに馬の首をのせて「モスバーガー1つ」と注文する赤ちゃん。待ち合わせ場所としてよく使われる池袋の北改札にある「いけふくろう」の前で仲間を待つ馬に乗った赤ちゃん。

繰り返して伝えたい。当時はハロウィンといっても仮装して街に出る人なんかほとんどいなかった。

いつもは遅れがちだがその日は一番乗りで待ち合わせ場所でみんなを待っていると、どこからともなくキャッツの猫やリボンの騎士やお姫様などがポツリポツリとやってきた。各々にクオリティーが高く、馬に乗った赤ちゃんが一番安っぽかった。全員が集まった頃には日は落ち、そのままみんなで丸の内線に乗って後楽園駅まで。電車の乗客は突然乗ってきた仮装一味を一生懸命に「いないもの」として振る舞っていたに違いない。ときおりスイッチがオフになって恥ずかしさを感じた。

無事に後楽園ゆうえんちの入口に立つことが出来た。入口には『仮装のお着替えはこちらで』と書いてある案内があり、その先にはユニクロのフィッティングスペースのような特設の建物があった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?