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人的資本の重要性と情報開示の動き

1.企業価値における人的資本の重要性

企業の持続的な成長にとって、人材戦略や人事施策によって生み出される“人的資本”の重要性が高まっています。企業価値の主な決定要素は有形資産から無形資産に移行しており、その中でも特に人的資本は経営の根幹として位置づけられています。現在のような予測不能で不確実な市場環境においては、激しい変化に柔軟に適応できる「ヒト=人的資本」の力こそが中長期的な競争力の源泉になっているのです。

テクノロジーの急速な進歩や多様化する顧客ニーズへの対応といった様々な経営上の課題は、実際に事業を担っている人材の課題と切り離して考えることはできず、従って、企業は経営戦略やビジネスモデルの変革と同時に、人材戦略の在り方についても見直しを求められています。とりわけ、現在は人材の多様化進むと同時に、個人の職業観や価値観もまた多様化しています。企業にとっては、多様で優秀な人材の確保という観点からも、魅力的な従業員体験の提供が大きな課題になっています。

2.人的資本の情報開示の流れ

近年、資本市場では投資家を中心として、持続的な企業価値の創出にとって、すなわち長期的な投資パフォーマンスの向上にとって、企業が有する“人的資本”への注目度が高まっており、投資の重要な判断材料として “人的資本の情報開示”を求める流れが進んでいます。そのような潮流の中で、2018年12月に国際標準化推進機構(ISO)は、人材マネジメント領域としては初のISO規格「ISO30414(人事・組織に関する情報開示のガイドライン)」を発表しました。

また、2020年8月には、米国証券取引委員会(SEC)が“人的資本の情報開示”を上場企業に対して義務づけることを発表、これをきっかけに欧米企業では“人的資本の情報開示”が急速に進んでいます。経営陣は自社の人材戦略が、どのように経営戦略の実現に結びついているのかについて、積極的に市場と対話する事を求められているのです。

このような動きは、人事部門の役割にも影響を与えており、人事部門はこれまでのようなコストセンターとしての管理部門から、経営戦略の実現を目的とした価値創造部門への転換を図る必要があります。また、そのような人材戦略を定量的に表すために、適切なKPIを設定し、現状と目標を明確にし、進捗を伝えることで、人材や人材戦略に関する情報の「見える化」を図る必要があるのです。

3 人材版伊藤レポート

2020年9月、一橋大学の伊藤教授を座長、経済産業省を事務局とした「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会」が報告書を提出、通称「人材版伊藤レポート」と呼ばれています。

同レポートでは、人材戦略を経営戦略に適合させるという一方向の見方だけでなく、人材や人材戦略自体が、経営戦略自体の可能性を広げることにも注目すべきことや、企業や個人を取り巻く変革のスピードが増す中で、目指すべきビジネスモデルや経営戦略と、足下の人材及び人材戦略のギャップが大きくなってきている事などが指摘されています。

そのような課題認識のもと、同レポートでは“人材戦略に必要な3つの視点”と“人材戦略に必要な5つの共通要素”を提言しています。まず、3つの視点として、①経営戦略との連動、②経営戦略と人材戦略とのギャップの把握、③企業文化としての定着を挙げています。また、5つの共通要素としては、①多様な個人が活躍できる人材ポートフォリオの構築、②(知と経験の)ダイバーシティ&インクルージョンが可能な環境、③リスキル・学び直しによってギャップを埋めることができる環境、④従業員エンゲージメント、⑤時間と場所にとらわれない働き方を挙げています。

更に、“人材戦略に必要な3つの視点”と“人材戦略に必要な5つの共通要素”とあわせて、①人材マネジメントは「管理」から「価値創造」に変化しなければならない、②人材戦略のイニシアティブは人事部から経営層に移行するとともに、人事部門が経営戦略に関与しなければならない、という2点についても提言しています。

4 日本の動きと開示基準

2021年6月、東京証券取引所がコーポレートガバナンス・コードを改訂、“人的資本に関する情報開示”という項目を追加しました。但し、現時点で開示内容には定まったルールがあるわけではなく、SECにおける人的資本開示の義務化を国際標準として認識し歩調を合わせたもので、今後具体的な制度化が進むものと考えられます。

“人的資本に関する情報開示”にあたって、具体的な開示基準として注目されているのが、先述した「ISO30414」です。これは、2018年12月にISOがHuman Resource Managementに関して、社内で議論すべき/社外へ公開すべき指標をガイドラインとして整理・公開したものであり、同ガイドラインでは、指標となるべき人的資本項目が11分類58項目で構成されています。「ISO30414」は、①定量的な開示を求めている、②中長期の視点に立ち人材育成を重視している、③社内・社外の人材をバランス良く使うよう促している、④人材マネジメントと経営戦略を結びつけた体系的な説明を要求している、といった特色を持っています。

但し、「ISO30414」はジョブ型雇用など欧米の労働慣行を前提に作成されているため、項目によっては同基準をそのまま日本市場に適用することは難しいと考えられます。日本における人事指標に関しては、健康経営度調査における指標、女性活躍推進法における指標、障害者雇用促進法における指標なども既に存在しているため、これらも参考にしつつ、開示項目を取捨選択していくことになるのではないでしょうか。

いずれにしても、人的資本の情報開示がこれまでの人事トレンドと異なるのは、市場や企業価値と直接的に連動するという点です。対外的に必要な経営情報として位置付けられれば、社内におけるデータの収集フローの確立や管理方法を定義することも容易になります。またその際には、HRテクノロジー等を活用して、現在の人材ポートフォリオの状況を把握し、データを蓄積することが望ましいと考えられます。人的資本を「見える化」する仕組みの登場は、日本企業が人材マネジメントを改革する好機でもあり、旧来型の人事制度を企業価値の向上に資するものに改めることが強く求められています。

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