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花火

「花火ってさ、なんでどこから見ても同じ形に見えるか知ってる?」

いつものように唐突に雑学を語り出すのかと思ったらその時の彼は質問だけしておいて解説をするのをやめた。
「今年の夏、同じ花火見てる時に教えてあげるよ。」
答えを聞きたがる私に、いつも通りすぐに答えを言うのではなく、彼は珍しくおもしろい返しをした。



彼とはバイト先が一緒だった。彼は1つ年上の大学生。私は専門学生。バイト先の初めての飲み会で私と彼はたまたま席が近かった。飲み会も盛り上がり、周りのバイト仲間が1ヶ所に集まり騒いでいる中、彼と私は席を動くことなく自分の席に居続けていた。
2人だけの空間。
「なんのお酒が1番酔いやすいと思う?僕はハイボールだと思うんだよね。ハイボールってアルコールの味そんなにしないからいくらでも飲めるのにちゃっかり9%くらいなんだよね度数。」
これまでほとんど話したことのなかった彼が突然話し出す。
「日本酒とかウイスキーだったらグラス小さくてそんなにいっぱい飲まないしペースも遅いんだけどハイボールってグラス大きいしすぐなくなっちゃうんだよね。」
そう言いながらハイボールを追加で頼む彼。
「だから飲み会でハイボール進めてくる男は気をつけな。日本酒とかビール飲ませてくるやつよりよっぽど危ない。そういう男は用意周到なやつだから。」
運ばれてきたハイボールをおいしそうに飲む彼を見て私もハイボールを頼む。
きれいに掃除され、たくさんの飲み物やお菓子が用意されていた彼の部屋で私たちは飲み直した。



「男って追われるより追いかけたい生き物だと思うんだよね。」
付き合い始めて2ヶ月が経った頃、そう言って彼は急に別れを切り出してきた。
その日のうちに、私の家に置いていた彼の私物はすべて持ち主のところへ持って帰られた。日を重ねるごとに彼の魅力の虜になっていった私は毎日彼への想いで溢れていた。彼も昨日まで好きだと言ってくれていたのにそれも嘘だったなんて信じられない。信じたくもない。男心の方がよっぽど分かりにくい。
翌日バイトへ行くと彼はバイトも辞めていた。心なしか店長やバイト仲間がいつもより優しい気がした。
家へ帰り、いつも通りハイボールを飲みながら実習に向けての勉強をする。いつもとは違い1人で。



「今年花火大会ないんだってー。今年こそはいい男捕まえて一緒に花火見ようと思ってたのにー。」
同い年くらいの子たちだろうか。花火大会か。彼のことを思い出してしまう。私にとっては花火大会がなくなったことはよかったことなのかもしれない。だって花火を見たらまた彼のことを思い出してしまうから。
いけない、いけない。バイト先へ急ごう。



ヒューバンッ
空を見上げる。少し曇った空にきれいな花が現れる。季節外れの6月の花火。

彼は今どこで何をしているのだろう。きっと彼も空を見てこの音を聞いている、ハイボールでも飲みながら。きっと、きっと。
違った場所から見てても同じように見えているはず。

彼にあの質問の答えを聞いてみよう。
私たちは同じ花火を見ているから。


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