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南町田ビル8F 御幸コールセンター まさ代さん 第3話「アイドルとデート?」

会社絡みの婚活イベントに参加して、こんなコトになるなんて、人生わからないモノねぇ。待ち合わせ場所のファミレスに、ジョニー・ライアン芸能事務所の人気グループ・大嵐の赤江(あかえ)ハルトがやって来たのは、午前10時を少し過ぎた頃だった。

「待たせたね、まさ代さん!今日は、マジ、ヨロシクなっ」
「あら、アイドルは時間厳守じゃなくて?それに…」

まさ代が不思議そうな顔で続ける

「ホントに、ファミレスでいいの?アタシは問題ナッシングだけど、赤江さん、芸能人でしょ?」

赤江ハルトは、満面の笑みで返す。

「普通がいいんだよ、普通が、さっ!」

とても芸能界で1、2を争う人気グループのリーダーとは思えない。
久し振りのデートで緊張していたアタシは、拍子抜けというか。
赤江さん…もう、ハルトでいいか、彼の喜んでいる姿が眩しい。

「じゃ、入ろうか!」
「そうね…何か調子狂っちゃうのよねぇ」
「え?何?デートに遅刻したこと、怒ってる?」
「違うわよ、アタシ、そんな器の小さな婚活初心者じゃないから!」

こんなやり取りも、はたから見れば、カップルの痴話喧嘩のような感じだろう。そんな二人のデートがファミレスからはじまった。

市街地にある南町田ビルの前には、休日であるにもかかわらず、小戸流星(おど りゅうせい)の姿があった。

「やっぱり、会社開いてなかぁ」

何やら、小戸流星は困り果てた様子だ。それもそのハズ、明日、串間(くしま)部長に提出する書類を会社に置いてきたのだった。

「守衛のおじさんから、会社の鍵を持つ方じゃないと入れないと言われたし…ん!確か、月曜日の鍵当番は、西池さんじゃ…」

イケメンは行動が速い。西池の連絡先はポストイットでもらってたこと、連絡して会社の鍵を開けてもらうことを秒で繋げる。スマホのキーパッド画面に西池の電話番後を入力後は、さらに速い!

「あっ、もしもし…西池さん?休日にすみません、小戸です、御幸コールセンターの小戸流星です」
「えっ?えっ?りゅ、あ、小戸さん?」

驚く西池 香(にしいけ かおり)に事情を伝え、会社の鍵を開けてもらえることになった。西池 香こと、カオリンは、ものの15分ほどで、飛んできた。

「本当に、有難うございます!この書類、明日…串間部長に提出する予定で、見直しをしたかったのですが、会社に忘れちゃって」
「い、いえ、小戸さんから連絡くれるなんて…」
「良かったら、お礼させてください!これから食事なんてどうです?予定があればまた…」
「えー食事!!行きたいデス、小戸さんと♡」

カオリンからしてみれば、退屈な休日の午前中に好意を寄せる会社のイケメンからの電話!しかも、これから食事という、宝くじに当たったような夢のような現実!もはや、カーニバル&フェスティバルに違いない。

「小戸さん、私、よく行くファミレスがあるんですけど、そこでも構いませんか?」

この緊張の連続を、通いなれたファミレスでほぐす、知らないレストランでさらに緊張するようなことは、回避したい!カオリンの作戦だ。

「もちろん!西池さんのお好きな場所で、お食事しましょう」

小戸流星の言葉には、感謝の気持ちが溢れていた。

●●

ファミレスにはドリンクバーが設置されている。
注文を終えた赤江ハルトは、まさ代をドリンクバーに誘う。

「こういうの、なかなか出来ないから、嬉しいなぁ」

赤江は上機嫌だ。成る程、アイドルともなれば気軽にファミレスやそのドリンクバーに女性とドリンクを選びにいくことさえままならないものらしい。

「赤江さん、なんだか、子どもみたいねぇ」
「へ?そうかなぁ…男子なんて、幾つになっても子どもだろ?」

赤江ハルトの持論のようだ。
注文したモーニング・セットは、サンドイッチと目玉焼き、そしてサラダ。
会話を楽しみたい、赤江にとって、ちょうど良いメニューのようだ。

「まさ代さんは、ファミレスは良く来るの?」
「一人じゃ来ないけど、会社の後輩となら!」
「OL女子会ランチみたいな感じだなぁ」

赤江はサンドイッチをほおばりながら、ドリンクバーで選んだメロンソーダに口をつける。

「赤江さん…あっ、ハルトでいいかしら?デートだし」
「いいよ!だけど俺は、まさ代さんって呼ぶよ」

どうやら、アタシのほうが年上であること、見抜いているような言い回し。もちろん、一般人だし、配慮みたいなものかしら?
そんなことを考えていると、ハルトが今回のデート企画について話し始めた。

「事務所の社長が、1日くらい一般女性とデートする企画で、気分転換してきたらどうだ?って言われてね」

大方想像はつく。芸能界という特殊な場所で、8年も人気グループとして活動していれば、色々とありそうなもの。

「実は、最近悩んでいてさ…このまま芸能界にいるか、それとも違う道を選んでみるかって」

「…ハルト、だから普通にこだわるのねぇ」

赤江ハルトは、目玉焼きを美味しそうに食べる。

「でも、アタシからすると芸能界は、みんなが憧れるもの。普通の人が憧れを抱く存在なのに、芸能人のハルトは普通の生活に憧れる…わからないモンねぇ」

目玉焼きを食べ終えたハルトが、きっぱりと言う。

「無い物ねだりなんだよね、きっと」

●●●

そのファミレスは職場である南町田ビルから少し離れたところにあった。
近からず遠からず…そんな位置にあり、職場の同僚には、めったに会わない、いや、先ず会わない!だから…カオリンが、流星との食事の場所としてリクエストしたというファミレスでもある。

「小戸さん、ここ!」
「こんなところにファミレスがあったんですね!会社から程よい距離…ん?」

流星が目を疑う。

「どうしたんですか、小戸さん?」

流星は言いよどんだが、カオリンに隠すことでもないー

「西池さん、あのカップル…」
「え?あぁ、店内で楽しそうに会話してますね、それが?」

カオリンは、まだ気づいていない。そう、たまたま入ろうとしているファミレスに、まさ代と見知らぬ男性が楽しそうに会話し、食事をしている。カップルのように会話も弾んでいるように見える…そんな現実が炸裂している状態を。

「小戸さん?何?知り合いですか?ふふ、小戸さんのお知り合いって、私が知る限り、まさ代さんくらいでしょ?まさ代さんがファミレスで男性とデートでもしてるんですか?まさかぁ~そんなワケ…」

カオリンの目が点になる。
流星も、それ以上言葉が出ない。
夢か幻か、いや…現実だと理解した、カオリンがファミレスで起きている現実について速報で伝える。

「な、な、な、何で、まさ代さんが…誰?あの男性⁉」

●●●●

赤江ハルトは、サラダもキレイに食べ終え、
「食後のコーヒーはどう?ドリンクバーに行ってくるよ。まさ代さんは、ホット?それともアイス?」

赤江ハルトは、本当に楽しそうだ。表情そのものがキラキラしている。

「じゃぁ…アタシは、ホットで」
「りょーかい、今更だけど、一応、帽子でも被っておくか」
「そうね…まぁ、芸能人だし不自然にならないくらいで」

赤い帽子を嬉しそうに被り、赤江ハルトが席を立つ。
ファミレス店内では、そんなカップル?のやり取りがある一方で
これから、そのファミレスに入る予定の流星とカオリンが店の外でまごついている。

「ど、どうします?小戸さん…お店、か、替えます?」

戸惑うカオリンだが、流星は、何かを決めた表情でキッパリ言う。

「入りましょう!このファミレス、西池さんのリクエストですし、僕も会社の鍵を開けてくれたお礼をしたいですから」

店内の楽し気な、まさ代と赤江ハルトとは違い、店の外の流星とカオリンのカップル?は、意を決した「覚悟」のようなものを感じる。

「いらっしゃいませ、ファミリアン・エビノンへようこそ。2名様ですね。空いている席にどうぞ」

女性店員の笑顔とは対照的に、小戸と西池は緊張感が滲み出るような表情だ。まるで人生初めてのデートしています!といった感じだ。

そんな二人の横を、ホットコーヒーを2つトレイにのせた赤江ハルトが歩いて行く…その赤い帽子が向かう先に、まさ代がいた。

「今の赤い帽子が、まさ代さんの…?」

流星が、つぶやくとカオリンが気持ち急ぐように

「小戸さん、あの席にしましょう!いい距離感が取れます」

流星は、まさ代たちの席から3つほど離れた席へ座る。
カオリンも、そそくさと後に続く。赤い帽子はこちらを向いて座っているが
まさ代は背中越しなので、一安心だ。赤い帽子に顔を見られても、困ることはない、赤い帽子はこちらを知らない。

赤江ハルトは、ホットコーヒーに口を付けた後、話し始めた。これからが一番楽しい時間といった感じだ。

「まさ代さん、婚活中だったね、彼氏募集中か」
「そうよ、アラサーだから、そろそろねぇ」
「俺もアラサーで、彼女ナシ。まぁ事務所的には、彼女が出来たら、暗黙の了解で報告必須だけどね。仕事に絡むことが多いから」

芸能人も大変だ。アイドルは事務所からすれば商品。どんな路線で売り出していくかで、ファンの定着も違ってくる。それにスケジュールがギッシリの人気アイドルグループだ。恋愛は二の次か。

「アタシちょっとお手洗い行ってくるわね」
「りょーかい」

まさ代が席を立つのが見える…
赤い帽子との話の内容が、気になる流星とカオリンだったが、流星が動く。

「西池さん、僕ちょっと赤い帽子のところへ行って聞いて来ます」
「えっ?な、な、何を!?」
「まさ代さんとの関係!まさ代さんが席を外している今が、その時かと」
「えっ…えっ…えぇぇ!?」

イケメンの即断即決。カオリンが流星の行動力に驚いている間に、流星は赤い帽子に話しかけていた。

「突然、すみません、単刀直入にお聞きしますが、まさ代さんとは、どのようなご関係ですか?」

ホットコーヒーを口にしていた赤江ハルトの右の眉(まゆ)が、ゆっくりと上がった。それまでの穏やかな表情から、芸能人・人気グループ大嵐のリーダーである赤江ハルトに切り替わった瞬間だった。

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