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事を興すにも、続けるにも、根拠たるビジョンがほしい

この店を丸3年続けてきて最近思うことは、「どういう価値を提供する店にするのか」を最初に決めておいてよかったな、ということです。

店をかまえるのにぼくが望んだ立地は住宅街でしたので、想定したお客様像は界隈にいらっしゃる方々。町に住むその方々に「あのコーヒー屋さんへ行こう」と思っていただかなければ現実に店に来てはくださいませんから、お客様がそう思える価値をつくる必要があります。

価値 ─── 。おいしいコーヒーというのは店のコアの価値に据えていますが、コアの価値だけで事業を継続できるほど多くのお客様に来ていただくことは、少なくとも店を始める前のぼくには困難で、コアの価値の周縁にも価値を付加してつくり込む必要がありました。要するに店の魅力づくりということ、ひいては店の価値づくりということです。

・どんな人たちにお客様になっていただくのか。
・この町でどんな店をめざすのか。
・つまり、町に、お客様に、どんな価値を提供するのか。

オープン前にこのようなことに考えをめぐらせて煮詰めていくと「ひと息つけるコーヒー店」というイメージにたどり着きました。

もう一つ、オープン前の段階で「できるだけいろんな人に使っていただける店にしたい」とも考えていて、少なくともベビーカーと車いすは入れるようにしたかったのです。オープン前に内装を考えたときには、エントランスドアの幅から客席フロア、トイレに至る動線はこの希望を根拠に組み立てました。

「ひと息つけるコーヒー店」という店の姿は大いに店の価値になる、これは大切だなと考えるようになっていましたので、店の運営もそこに適うよう実践してきましたし、これはいまも継続しています。いろんな人に使っていただきたいという希望もひいては「ひと息つけるコーヒー店」に収れんしていくようにぼくとしては思ってやっています。

どんな価値を提供する店をめざすのか、たどり着きたい目的地はどんな場所なのかを自分の中で明らかにして明文化したものをビジョンと呼びますが、この「ひと息つけるコーヒー店」というのは、しばらくもち続けられる自分のビジョンだと捉えています。

ビジョンを決めておくと、店をつくるときにもビジョンを根拠に設計ができますし、店をオープンさせて運営するなかで直面するあらゆる判断、あらゆる決め事の根拠にもなります。迷ったときには「ひと息つけるコーヒー店としての価値を高めるには、この判断が適当だ」というように物事を決めることができます。

店を運営していると不安になることや腹の立つこと、あちら立てればこちら立たずのような悩ましい課題に直面しますが、ビジョンがあるとビジョンに沿う結論を導き出せばよいので、自分の個人的な感情に囚われずに済みます。もちろん難しい課題、とくにお客様に関する課題は判断したことを実行に移すために胆力を要すことがありますが、そこもビジョンに立ち返って思いを致せばがんばる力が湧いてきます。

そういった難しい課題だけでなく、通常行う業務の判断もビジョンを根拠に決めることができます。グラスはスポンジで何回こすって洗浄するのか。客席フロアの清掃回数や清掃水準はどれほどに設定するのか。便器は日に何回掃除するのか ─── 。

店の運営ですから、品質水準、衛生水準の設定やコスト管理の観点も必要です。業務においては「何回やる」という回数をできる範囲で決めて定量化していますが、回数ありきで決めているわけではありません。どんな店にしたいのか、どんな価値を提供する店にしたいのかというビジョンに照らして、それを具現化するために適切であると思う回数を決めています。

ドリンク作成という本丸の業務オペレーションでも「うるさくて早い」ことに価値はないとぼくは思っていますから、少々早さを犠牲にしても静かにオペレーションすることを優先事項に決めています。ちいさな店です。うるさいと、ひと息つけませんものね。

ビジョンに沿った判断、行動は、お客様からは一本筋が通ったように見えるものです。首尾一貫した姿勢が行動に反映されますから、お客様はその様を見て店の評価、店主の評価をします。自分が客の立場でもぼくはそんなところに意識がいきます。首尾一貫しているというのは店主が語らなくとも自然とお客様のこころに届くもの・・・と思っています。そのようにして頂戴した評価はきっと店の価値を高めていて、お客様が(疲れた、ひと息つきたい)と思ったときに(あのコーヒー屋にちょっと行こうか)と思い出していただける種になっていると信じて、ぼくは仕事に取り組んでいます。

自分が客の立場としてシンプルに考えて、安心できる店に行きたいです。店のコーヒー(商品)も、店の空間も、そして店主店員のふるまいも含めて。営業時間が曜日別に異なっていて複雑だったり、そも営業日や営業時間がころころ変わったりする店だとネットで調べる前に「行きたい店」の選択肢から外れることもあります(ぼくはそうです)から、当店は営業日、営業時間も一定です。ふと思い立って行こうと思って実際に行く店は、ぼくとしてはこういうお店です。なんの心配もなく、なんの引っかかりもなく足を運べる。そういう店が「ひと息つける」店だと考えています。

そして、その奥に自分の望みがあります。

自分がどうしても見たい景色を見るために、がんばるわけですから。

自分がどうしても見たい景色は、明瞭ですか?

むしろここを最初に自分に問いかけて明らかにしてこそ、その景色を見るために店を始めるならどんな場所でどんな店にするべきなのか、メニューはどうするか、内装はどうするか、オペレーションはどうするか、価格設定はどうするかなど、そういうことが自然と浮かび上がってきます。

自分がどうしても見たい景色。それは例えば、それを思い浮かべるとあすへの活力が生まれますか? 自然とこころが喜びにふるえますか? そんな光景がここで言っている景色です。そういう「自分がどうしても見たい景色」を明らかにしておくと、しんどいときに、挫けそうなときに、それが自分を支えてくれます。

もう一つ。そうしてつくり込んだ価値が売上につながるのか。売上にならないということは、お客様にご提案している価値がお客様に認められていないということですから、どこかを見直す必要があります。店、商売は個人事業です。生活の糧たる収入をいただいて生きていくための事業ですから、利益を上げて生活できるだけの売上を獲得しなければなりません。

品質管理、衛生管理、コスト管理、グラスを何回こするか・・・。そういったことに腐心しても売上が上がらなければ店は終わります。何がどうでも営業、目の前の売上が必要なのですが、目の前のことだけに日々追われるのはワクワクしません。少しは先の展望ももって働きたいものです。日銭商売と将来事業の接点。きょうのこの働きは自分がどうしても見たい景色につながっているのか。その接点を日々の業務に見出して、そのときそのときで均衡するところ(必ずしも50%50%ではなく)を意識して仕事をつくり、仕事に取り組んでいます。





ただし、ここに書いた話は店を始めるためのガイドラインなどではありません。こういうことを考えれば上手くいくというものではありません。ぼくが自分で選んだ場所で、ぼくの見たい景色を見るために、ぼくが自分で決めてやっていることですから、あなたのお店には不必要なことがあると思います。

大切なことは、得たことをどう使うか、あるいは使わないかを自分で決めることです。得たことをどう取り扱うかは自分にしか決められません(誰も決めてくれません)。例えば、うるさいことに価値はないという考えもぼくの店においては、です。騒々しいほうが店の価値を上げるなら価値の上がる騒々しさを設計するべきです。

何を、どこまでやって、どう取り組むか。誰にも言える一番大切なことは自分がそれを楽しんでやれるのか? であるとぼくは思います。それがないと事業継続できません。

自分がどうしても見たい景色を見るために、毎日、毎日、がんばるわけですから。

自分がどうしても見たい景色は、明瞭ですか?

その景色はお客様に認めてもらえる価値があって、収入も得られるイメージをもてますか?

事を興すにも、続けるにも、根拠たるビジョンは必要不可欠だと思います。

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