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#03 小姑車掌の支配する列車と段ボール肉まん @中国・上海~西安

2000年10月15日。

旬の上海蟹を食べ損ねたことが心残りだったが、大都会上海に別れを告げる時がきた。3泊だけだったが、次第に街に愛着が湧いていた。夜にタクシーで駅へ向かうと、カーラジオから安全地帯の「悲しみにさよなら」が流れてきて、後ろ髪を引かれるような感傷的な気分が込み上げてきた。実際には、旅を始める前に坊主頭にしたので髪の毛は無かったのだが。

上海の鉄道駅は空港のように荷物検査が厳重で驚いた。過去に起きた列車爆発事故の白黒写真が、構内に大きく貼りだされ、流血した怪我人たちの凄惨な姿を見せつけられた。注意喚起のためだろうが気が滅入った。

すでに待機していた列車に乗り込む。乗車券の中でも最も安い「硬座」だったので最悪を覚悟してきたが、車内は清潔で安心した。しかし、寝台車ではないので、普通席に20時間も揺られることになる。4人がけのボックス席に座ると、後からスーツ姿のサラリーマン3人組にとり囲まれて、居心地が悪かった。

列車が出発して、しばらくすると車掌が登場。網棚の荷物を一斉にチェックし始めた。言葉は分からないが「荷物がはみ出すぎているぞ」とクレームをつけているようで、次々に勝手に荷物を床に降ろし始めた。この車内で1番偉いのは俺だ、と言わんばかりの勢いで、驚くほど態度がでかい。僕のバッグパックも文句をつけられたが、大きさは変えようがない。奥に詰め込む振りをして誤魔化した。車掌は何に付けてもいちいちうるさい小姑のようで、その後もタオルの干し方まで乗客に注文をつけていた。彼は車内の秩序を保つのに余念がなく、それが中国の車掌の本分のようだ。

荷物騒ぎが一段落すると、備え付けの小テーブルに缶ビールとつまみが並び、中国人サラリーマンたちの酒盛りが始まった。新幹線で出張帰りの日本サラリーマンと寸分も変わらぬ姿に、おかしさがこみ上げてきた。しかし観察していると微妙な違いに気付いた。それは、靴下の生地が非常に薄いことだ。日本人サラリーマンの靴下も薄いが、それ以上にスケスケなセクシー極薄靴下を履くのが中国人サラリーマンの定番らしい。3人組は全員スケスケだったが、一人はストッキングと見間違うようなロングスケスケセクシー靴下を着用していることが、まくり上がったズボンの下から見えてしまった。

缶ビールを薦められたのでありがたく頂戴したが、牛肉煮込みの缶詰は驚くほど不味かった。しかしこれも民間レベルの日中友好なのだと我慢して飲み込んだ。身振り手振り、筆談を交えて簡単な話をしたものの、盛り上がることなく、すぐに会話は彼等だけで行われるようになった。

中国人はピーナッツや向日葵の種など殻付きのつまみをよく食べる。器用に前歯を使って、割って食べては殻をそのまま床に捨てていく。殻だけではなくあらゆるごみをそのまま捨てていくので、床はどんどん汚くなっていく。初めはマナーの悪さに1人で憤ったが、定期的に車掌が来て、モップでゴミを掃いていくのを見て納得した。合理的といえば合理的、衛生感覚が違うのだから仕方が無いが、日本で育ってしまったので、床にごみを捨てることにいつまでも罪悪感を拭えなかった。

夜も更けてきた。この座席でどうやって寝るのか心配していたら、隣のおじさんは床に布を敷いて寝てくれた。座席に横になれたのは有り難かったが、翌朝起きると寝違えて肩の筋が痛んだ。

車窓からの景色は、平野に畑がひたすら広がり退屈だった。霞がかった灰色の空が重くのしかかり、単調な風景がさらに味気ない。朝食は、上海で買っておいた中国製カップラーメン。給湯器からお湯を注いで食べたがひどく不味かった。

11時、同じ列車の別車両に乗っていたけんご君たちは洛陽で下車。一緒に降りて彼らを見送った。ここから本当の一人旅の始まりだ。期待と不安が入り混じる、何とも形容しがたい感情が再び沸きおこってきた。

停車中のプラットホームに屋台が出ていて、肉まんを売っていた。ワゴンに載った蒸し器から、モウモウと美味しそうな湯気が立ちのぼっている。中型の肉まんが五個も団子のように棒に突き刺さっており、日本では考えられない外観である。3元(約50円)と破格なので即買いだ。本場の肉まんの味はどれほどかと期待して一口食べてビックリ!

まるで紙を食べているような味と感触の餡で、こんな不味い肉まんをどうやったら作れるのか聞いてみたいくらい。捨てるのも悪い気がして、4個までは我慢して、お茶で無理矢理流し込んで食べたが、脳から食べろと司令を出しても胃が拒絶して収縮。残りの1つはこっそり捨てた。湯気にそそられた自分の惨敗だった。

ちなみに後日談ではあるが、旅からの帰国後、ダンボールを混ぜて作ったダンボール肉まんが中国で売られているというニュースを偶然テレビで見て、この時の出来事が瞬時に蘇った。僕はそれを食べた!振り返れば確かにダンボールのような食感だった! 

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