「自分と他人」の力学の中で

昔から、一つのことを始めるとしばらくそのまま続ける人間だ。
小学校に入学した時に通い始めたスイミングも結局6年生の卒業のタイミングまで続けたし、中学に上がってから始めた剣道も高校まで6年間、部活で続けた。
「大卒新入社員が3年以内で離職する割合=3割」といわれるこの時代にあって、もしかすると自分のような人間はそこそこ希少価値が高いのかもしれない。

しかし、気付いたら社会人5年目を同じ会社で迎えようとしている人間の内実は、決して理想に溢れたそれではない。野心や明確な目標を掲げて突き進むなんてことはこれまでの人生において一切なかった。
私は、単に「辞める」ことが苦手なだけなのだ。

昔から、「同期は大切にね」という言葉が苦手だ。
「大卒の新入社員~」のデータにどれほど信ぴょう性があるかは知らないが、少なくとも今時点で同期は一人も残っていない。記憶が間違っていなければ、自分を合わせて同期入社は6人で、そのうち半分は最初の一年半くらいでいなくなった。理由は色々だったけれど、とにかく2年目の途中くらいにはすでに同期は半減していた。
こんなことは転職が当たり前(むしろ場合によっては推奨される)になっている現代社会では大して珍しい事例ではないであろうし、もちろん辞めていった同期たちにどうこう言うつもりも毛頭ない。むしろスマートに辞める決断をできる彼ら彼女らを尊敬しているくらいだ。彼らは自分の人生に責任を持てている。自分で決めて動く決断をして、実際に動いて去っていった。自分で区切りを決めることが苦手な私からすれば、なんとも羨ましい能力である。

そう、結局そう遠くない未来には他人に戻っていく運命なのだ。人間関係なんて、そもそもそういうものだ。
そんなことは社会人になるまでもなく誰だって感覚的に分かっているはずで、それなのになぜか、出会った瞬間を特別なものにさせたい誰かが本当にそう信じているかのように言う。「同期は大切にね」。

これはあくまで私の主観だけれど、早い段階で会社を去った「同期」は、先輩たちの言葉を受け止めすぎてしまう素直さがあった。
私なんかよりもよほど働くことに前向きで、新人研修で登壇する先輩社員に質問をして、これからどんな仕事ができるのか想像を膨らませて、先輩から勧められた本を余さず読んで、覚えるべきと言われたショートカットキーを頭に叩き込む。とても魅力的な、目標とすべき同僚になるだろうと思っていた。同期のことも大切にしていて、みんなで一緒に頑張っていこうと誰よりも思っていたはずだし、そんな言葉を実際にみんなにかけていた。

本来会社人として誰よりも報われるべき存在であるはずだった彼は、原動力であるその素直さによって少しずつ追い込まれていった。
先輩からもらった言葉は彼にとっては金言で、それ故に必要以上の重さを加えて自らに課した。会社で結果を残している先輩が大切だという事柄を自分が実行できなければ、それはそのまま自分の存在価値を否定することに繋がる。会社の中で居場所をみつけようという意欲はいつの間にか、みつけなければという義務に変わった。存在価値を発揮できない自分に苦しみ、その原因を自分の中だけに見つけようとした。先輩たちが教えてくれることを自分ができていない証拠だ、まだやるべきことができていない自分が足りないんだ。彼にとって会社は、自分を追い込む材料を見つける場所になっていたのかもしれない。

私が何かを辞めたり見切りをつけたりすることと縁遠いのは、
自分の周囲にいる存在を心の奥底では「他人」だと思っているからだと思う。
会社に入れば必ず同じ場所で働く人たちがいて、多くの場合は明確な名称に紐づく形で上下関係が構成されている。そして同時に、先輩は後輩に何かを教える役割を与えられる。それは単に業務のやり方であったり、時には仕事とは何たるか?みたいな哲学的な話だったりするわけだが、後輩はそれらを単なる言葉を超えた「社内を生き抜くための生命線」として享受する場合が少なからずある。

でも、よく考えてみてほしい。先輩だって、あなたと同じ人間だ。
先輩という立場だからたまたまあなたに教えるという形をとることになっただけで、何らかの「正解」を伝えているわけではない。
「合う/合わない」は必ず生じる。考え方にせよ仕事の方法論にせよ、必ずそれはどんな場面でも起こりうる。だって、あなたとあなた以外は所詮「他人」なのだから。

誰かから言われた言葉に救われることももちろんあるだろうけど、
それと同じくらいの確率で誰かの言葉に縛られることもある。
誰かから掛けられた言葉だけを命綱に会社人人生を生き抜くなんて、そんな危険なことをする必要は全くない。あなたの周りにはたくさんの「他人」がいて、その数だけ違う言葉たちをあなたは受け取ることになる。
その全てが正しいことなんてあり得ないし、その全てを漏れなく咀嚼しようとする必要もない。アドバイスなんて、その人がたまたま見つけた正攻法に過ぎない。それがあなたにぴったりとハマる可能性もあるし、全く合わない可能性もある。ハマれば大いに使い倒せばいいし、ハマらなければ教えてくれた人にばれないようにこっそり無視すればいい。

そうして少しずつ、あなたが選んだその場所であなた自身の在り方が見つかっていきますように。私はそう思っているけれど、この言葉を受け取るも捨てるもあなたの自由。
その自由を手放さないでいられることが、おとなの特権なのだから。

#仕事のコツ

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