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ヤクルトスワローズを好きなわけ

マネーフォワード取締役執行役員、マネーフォワードビジネスカンパニー COOの竹田です。

3月下旬になり、だいぶ暖かくなってきました。そして、いよいよプロ野球開幕の季節です(笑)。

プロ野球には、子どものころから親しんでいるのですが、中でも私は、ヤクルトスワローズのファンです。

最近は、ちょっとマネーフォワードについてのご紹介が多くなっていましたので、今回のnoteは、閑話休題ではありませんが、私の完全に趣味の話、「ヤクルトスワローズ」への想いについて書かせていただきます。

ヤクルトファンになったきっかけ


遠い親戚に昔、阪急ブレーブス(現オリックス・バファローズ)のピッチャーがいたらしく、そんなこともあって、父親がどうやら阪急ファンだったようです。

実際、小さい頃の私の写真は、阪急ブレーブスの帽子をかぶっていますし、思えば父親と球場に観に行く試合はいつもパ・リーグでした。

ただ正直言うと、最初の頃、私は野球がキライでした。というのも、いつも私が見たい番組を、父親が選択する野球中継に妨害されていたからです。

家に一つしかないテレビは必然的に野球中継ばかり。半分不貞腐れながら、強制的に見せられているうちに野球に詳しくなっていつのまにか好きになっていた、というのが実態だったと思います。

しかし、そんなテレビで放映する多くの試合はセ・リーグ、しかも巨人戦です。

気づけば周囲の友達の多くは巨人ファン。皆が学校で話題にする昨日の試合も巨人戦だし、真似する投球フォームやバッティングフォームもみんな巨人の選手のものでした。

元々パ・リーグ環境で育ってきた私としては、にわかに巨人ファンになるのは抵抗がありつつも、できればみんなと話の合うセ・リーグに、お気に入りのチームができたらなぁと漠然と思っていました。

そんなある日のこと。その日もなんとなく巨人戦の野球中継をテレビで見ていたのですが、その日の対戦相手が、ヤクルトスワローズでした。

当時、1990年代初頭のヤクルトスワローズは、野村監督になって数年目。多少の兆しは見えていたとはいえ、まだまだ弱小チームのイメージだったと思います。

その日の試合も、ヤクルトは巨人に押され気味。テレビの解説者の話っぷりを聞いても、結局巨人が勝つのだろうという雰囲気でした。

ところが9回裏、3対3の同点の場面。その年もリーグ最高の三振数を誇ることになるヤクルト7番バッターの池山選手が、なんとサヨナラホームランを放ったんです!

この試合が私のターニングポイントになりました。

当時、10年以上にわたって優勝から遠ざかっているばかりか、万年Bクラスの弱小ヤクルトが、絶対王者の巨人に勝つ・・・その光景はまさに「ジャイアント・キリング」そのもので、その瞬間を目にした私は、めちゃくちゃ興奮したのをよく覚えています。

思えば、私は子どものころから器用ではなく、何事も最初からうまくできるタイプではありませんでした。スポーツも、勉強も、趣味の楽器演奏も、はじめは全然うまくできないんですね。

でも「できなくて、悔しい」という気持ちは常にあって、悔しいからこそ、頑張ってやってみるというタイプでした。

その過程で、「やればできるようになる」という経験を何度かした結果、そういったアイデンティティ的なものが、育っていたのかもしれません。

先述の、巨人vsヤクルト戦、さらにはその年のヤクルトの躍進は、私にとって「やればすごいことができる」ということを力強く証明してみせてくれたようなものでした。

その年、9月を過ぎたあたりで9連敗を喫して失速するも、荒木の復活登板で息を吹き返し、最終盤の首位攻防戦で9回裏に2点差を跳ね返す劇的な逆転サヨナラ勝ちをおさめたヤクルトは、14年ぶりにリーグ優勝を果たすことになります。

学生時代に感じた、ヤクルトスワローズの「チーム力・戦略性」


その後、私は大学に入るタイミングで、東京に出てきたのですが、

・通っていた大学の近くで家も近かったこと
・当時、父親が入院していた慶応大学病院(信濃町)によく通っていたこと

などから、ヤクルトの本拠地である神宮球場によく足を運んでいました。

その頃のヤクルトは、1990年代の10年間でリーグ優勝4回・日本一を3回達成するという、まさに黄金期を迎えていたこともあり、私のヤクルト好きはますます盛り上がっていきました。

もちろん、強いことも、好きになった理由ではあったのですが、何より心惹かれたのは、ヤクルトが「チーム力・戦略で勝っている」と感じたからです。

1990年代の巨人には、あのスーパースター松井秀喜選手がいました。そして、オリックスには、球界のレジェンドイチロー選手がその頭角を強烈に現しはじめていました。

一方のヤクルトにも、「ID野球」の申し子と言われたキャッチャー古田選手をはじめ、広沢選手、池山選手、石井一久投手、現ヤクルト監督の高津投手などなど魅力的な選手はいましたが、しかしそこまでの圧倒的な力を持った選手が豊富にいるチームではなかったと思います。

先述した荒木投手も椎間板ヘルニアで長きにわたる離脱から復活した選手でしたし、他球団を解雇されたのちに移籍してきた「再生組」の活躍があって、シーズン前の下馬評を覆して結果を出すこともよくありました。

チームワークと戦略」で鮮やかにスター軍団を下す、そういった光景に、心底ワクワクしたものです。

ちなみに、大学時代の私は、友人とバンドを組んで都内のライブハウスをハシゴしながら、いつかはメジャーだ!世界ツアーだ!と夢に向かってチャレンジしていました。

一方のヤクルトも、弱小と言われた過去や、毎年の低い前評判を吹き飛ばすように、チームの力で勝ち続け、日本一に上りつめる過程を歩んでいました。

そのヤクルトの姿と、自分自身の気持ちがリンクしていたことも、愛着を持つようになった理由だったのだと思います。


社会人になって感じた、ヤクルトスワローズとベンチャー企業の類似点


それから、私はITベンチャー企業で社会人をスタートし、4年目になった頃に、新卒や中途の若手メンバー中心のチームのマネジャーになりました。いわゆるオンボーディングチームの責任者です。

基礎的なことも知らなければ、経験もない若手メンバーのオンボーディングは、いろいろなことにとても手間がかかる一方、素直で吸収が早く、前向きで、元気の塊のようなメンバーと一緒になって仕事をする日々は、今思い出しても充実感に溢れていました

また、驚くようなスピードで成長したメンバーが、信じられない大きな成果を上げることもあり、人を育てることやチームをつくるということが少しわかったような気がした当時の私には、新鮮で刺激的な日々でした。

しかし、そうした日々に終わりを告げ、一人前になったメンバーの中には、条件のいい会社に転職する人も出てきます。

聞けば待遇、条件ともに圧倒的な差があるところから、声をかけられたりしているわけです。

「知名度も待遇もなにもかもが劣るベンチャー企業としては如何ともし難いのか、、、」そう落ち込んだりすることもありました。

そんなときにふと、ヤクルトに目を移してみると、活躍した選手が、かなりの金額で他球団に引き抜かれている現状があったんですね。

あれ、ヤクルトの状況と自分が今置かれている状況は一緒だなと思いました(笑)

資金力もブランドもそこまで高くない。でもその状況で勝たないといけない。ヤクルトは、ベンチャー/スタートアップと同じだったんです。

改めてHR的な観点でヤクルトの球団経営を見てみると、外国人選手もメジャーで一線級の選手を獲得しているわけではなく、ポテンシャル採用ですし、時には他球団を解雇された選手を拾ったりもしています。そして何より、生え抜きの選手を一生懸命育てている姿が見て取れたのです。

つまり、すでに活躍している高額な選手(人材)を他球団(他社)からヘッドハンティングすることで強化を図るのではなく、ポテンシャルを見極めて採った選手(人材)を自球団(自社)内で育成し、一流プレイヤーを生んでゆく戦略です。

また、TOP人事に関しても同様で、歴代監督は元ヤクルト選手が多くを占めています。

特に印象に残っているのが、2010年から監督を務めた小川淳司監督です。

小川監督は、甲子園で活躍したのち、社会人野球2年の経験を経て、ドラフト4位でヤクルトに入団した選手でした。

ただ、その後故障の影響もあり現役を引退。その後は、ヤクルトのスカウトやコーチ、そして9年の長きにわたり二軍監督を務めたのち、2008年に一軍ヘッドコーチに昇格。

そして、2010年のシーズン途中で高田監督が辞任したことを受け、監督代行に就任、翌年から正式に監督となった方です。

監督代行に就任した当時は、リーグ圧倒的最下位。監督がシーズン途中で辞任するわけですから当然ですが、ヤクルトが大不振にあえいでいた時でした。

しかし、小川体制になった途端、チームの状況が変わるんです。それは選手たちが「小川監督を盛り立てるんだ!」という強い気持ちを持って奮起したからなんだそうです。

というのも、そのときに1軍にいた選手たちの多くは、2軍時代に小川監督に鍛えてもらった選手たちなんです。つまり、小川監督は新入社員時代にオンボーディングしてくれた最初の上司なんですね。

その小川さんが一軍の監督になったんだから、なんとかするぞ!と、選手が一丸になったのか、いずれにしてもそのシーズンは結果的にクライマックスシリーズ出場条件の3位にもうあと少しで手が届くところまで復活したのです。

この復活劇を、ヤクルトファンたちは「メークミルミル(※)と言ったりするのですが、まさに見事な快進撃でした。

メークミルミルは、2010年におけるプロ野球・東京ヤクルトスワローズが、シーズン序盤の不振から一転して見せた快進撃を指す言葉。名称は、読売ジャイアンツがペナントレースで大逆転を演じた際に使用されたメークドラマ等の表現と、スワローズの親会社・ヤクルト本社の製品であるミルミルを掛けたもの。メイクミルミルとも表記される。

メークミルミル」『ウィキペディア フリー百科事典日本語版』(https://ja.wikipedia.org/
最終更新日時:2019年8月5日 (月) 00:23 (UTC)
アクセス日時:2022年3月23日 10:00(日本時間)


この奇跡的な復活を見て、「一つの目標に向かって、チーム全員が主体者意識を持って一つになったとき、チームは時に理屈では言い表せない圧倒的な強さを持つ」のだなということを感じましたし、ブランド、資金力、選手層の厚さ、さまざまな周囲の批評、それをうまくいかない理由にするのは言い訳でしかなく、どんな状況であれ、今を肯定して、勝つための努力をすれば道は開けるということを学んだ気がしました。

それ以来、球団運営や、役職者と部下とのコミュニケーションを通じたチーム作りは、ベンチャー経営の参考として意識していますし、一ファンとしても、非常に共感しています。

(2015年リーグ優勝の時の様子)

昨年の快進撃と高津監督のリーダーシップ、チームビルディング


ところで、昨シーズンのヤクルトの快進撃には、正直驚きました。前年まで2期連続最下位からのリーグ優勝、そして20年ぶりの6度の日本一に輝きました!

もちろん選手1人ひとりの努力があったはずですが、昨シーズンの強さの要因の一つは、高津監督のリーダーシップだったと感じています。

高津監督は選手時代、ヤクルト黄金期を支えた不動のストッパーでした。

一方、オフシーズンにはバラエティ番組にも引っ張りだこの存在で、持ち前の明るさ、コメント対応力、芸達者な部分などで大人気だった選手です。

一見すると、ひょうきんで浮ついた印象も持たれがちでしたが、当時からコミュニケーション能力もプレゼンスも高い存在でした。

また、野球へのこだわりも人一倍あり、自分の限界にチャレンジするプロ。バランス感覚の非常に優れた方です。

そういった高津監督の才能や経験がかみ合って、球団の顔として、ボスとして、やるべきリーダーシップを発揮されていた印象です。

高津監督の発揮するリーダーシップの特徴としては、「発する言葉が強い」ことだと思います。

今期、繰り返し伝えていたのは、「絶対、大丈夫」

3位で迎えた9月7日、逆転優勝へ向けて落とすことのできなかった、首位・阪神との試合前のミーティングでの高津監督の力強い言葉は、チームを一つにしました。

(東京ヤクルトスワローズYoutubeより)


「絶対大丈夫」の言葉は、ベンチにも設置されました。言葉の力に背中を押され、『絶対大丈夫』を信じて、選手たちは、めざましい活躍を見せたのです。

また、ファンとの一体感づくりの面でも、高津監督の言葉は大きな力を持っていました。

選手たちが、高津監督の言葉をよりどころにして戦うようになると、ファンにとっても共通の言葉としてあっという間に拡がって、言葉への共感を通じて、ファンも含めたチームビルディングができていたイメージです。

ヤクルトは、もともとファミリー感がある球団ですが、高津監督はさらに強い一体感を創り出していました。

心から選手を信じて、起用し続けること、選手にもファンにも誠実であること、フェアであること、学ぶことがたくさんあります。

今シーズンへの期待


ヤクルトは実は日本一連覇の経験がまだ一度もありません。日本一の翌年は決まってBクラス。

なんとなくそんな人間臭いところも嫌いではないし、何しろ負けている状況に寛容であるヤクルトファンは、昨年の優勝の余韻に5年くらいは普通に浸れそうだったりします(笑)

しかし、そんな状況のなかでどういった結果を出すのか。本当の意味で高津監督とチームの真価が問われるシーズンだと思います。

会社は、単年の成果だけ良くてもあまり意味はありませんし、評価もされません。如何に継続して成果を出し続けるかが常に最も問われていることであり、その実現は、常に非連続成長の起点となる変化点をつくり続けなければなし得ないと思っています。

そういう意味では、栄光のV9と呼ばれる、9年にも渡って連覇を成し遂げた歴史を持つ巨人はまさに真の王者であり、まだ誰も超えたことはないのです。真のジャイアントキリングはまだ誰も成し得ていないわけです。

いつか本当のジャイアントキリングを成し遂げるヤクルトに負けないよう、我々はミッションの実現に向けて、チーム一丸となって、大きな壁を越え続けていきたいと思います。

ヤクルトとマネーフォワード。共に、成し遂げた者にしか見えないNEXT STAGEの景色を、仲間と共に必ず見にいきましょう!w

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