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『まほろ成吾の町田めし』

 『おっさんのいぶくろ』の著者である、まほろ成吾はペンネームであり、3人の共著である。つまり3人のおっさんがひとつのテーマに対してそれぞれエッセイを書いている。この3人が久しぶりに故郷の町田で飯を喰うことになった。共通点は3人とも勤め人ではないので、比較的融通が利く身であるということだ。その日は平日の午後2時に「いくどん町田駅前店」に集合した。

 店は平日の昼間にも関わらず満席で、そのまま2階の座敷に通された。靴を脱いで上っていくと、既に2人は席についていた。普段はリモートでミーティングをしているので、直接顔を合わせるのは、半年ぶりだ。高校時代は部活もクラスも違ったので、顔見知り程度の間柄だったが、ひょんなことから共著で出版することになった。人生はときどき面白い出会いを演出してくれる。

 私は学生の頃にこの店でアルバイトをしていたことがある。初めて酢味噌で食べたホルモンの味が忘れられずに、通い続けた末、遂にはアルバイトとして働かせてもらうことになった。

 しかし少し考えればわかることだが、私はこの味に惚れ込んだのである。つまり働いていても、食べれるわけはない。この単純な事実に気づいた結果、すぐに元の立場へと逆戻り。それ以来常連客として30年通い続けている。

 この店の特徴は、七輪の炭火焼きで、鶏がらスープとキャベツが飲み食べ放題。タレはしょうゆダレと、橙色をした酢味噌の2種類。私はこの酢味噌でたべるホルモンが大好きだ。つまり私はこの酢味噌の味にはまったのだ。

 最初のオーダーを任された私は、まずは定番のタン、ナンナンコツ、ホルモン、カシラを注文。そしてサイドメニューからチャンジャとキムチを追加。飲み物は生ビールを発注。

 しばらくすると、一皿ずつ銀の皿に盛られたホルモンが運ばれてきた。順番に肉を網に乗せ、トングを片手に焼き過ぎないように焦げ目がつくまで転がす。ほどよく焼き上がった肉を酢味噌にたっぷりと浸してパクリ。どれも臭みがなくコリコリ、シコシコと美味しい。初めて食べて以来の変わらぬ味だ。

 昔はビールと焼酎と熱燗だけだったが、酒の種類は増えた。ビールの後は、それぞれ好みの酒を頼み、うまい肉とともに話が弾んだ。あーだ、こーだと話しているうちにあっという間に3時間が過ぎてしまったので、近所の居酒屋へ移動。

 いくどん初体験の堀田は、一件目から飛ばし過ぎたようで、2件目では椅子に座りながら眠ってしまった。しばらく佐々木と高校時代の恋愛話で盛り上がっていると、やがて堀田が目を覚まし、何やらとある仕事で困惑したという話しを始めた。

 私はニコニコしながら話を聞いていると、突然「仁科はこういう時はどう思う?」とふられた。しばらく考えあぐねていると、佐々木から「仁科はいつも一歩引いて、俺たちの様子を見てる感じだな」との指摘。つまり、自分からはあまり語らないということなのだろう。

 確かに、自分の話よりも人の話を聴いているほうが面白い。こんなことを考えているのか、あんなことがあったのかと、自分よりも相手の人生ドラマの方に興味がある。さらにいえば、自分のエッセイよりも、二人のエッセイを読む方が面白い。少なくとも、彼らから原稿が出てきてから3回は熟読している。やはり自分よりも他人の物語りに興味があるのだろう。原稿を真っ先に読めるのも特権で、私にとっては共著で綴る楽しみのひとつなのだ。

 2件目もしこたま酒を煽り、その後はカラオケに入った。堀田があいみょんを熱唱し、佐々木も喉の痛みを忘れて歌っていた。私はというと、最初の中島みゆきの「悪女」以降、何を歌ったのか覚えいない。

 昼の2時から飲み始めて、宴が終わったのは夜の10時を回っていた。外に出たら雨が降っていたので、駅まで急ぎ歩いた。彼らと別れて、ひとりJRに乗り込み、うとうとしながら今日という一日を思い出していた。

 振り返ってみれば3人のおっさんが、故郷でノスタルジックなひと時を過ごしたというなにげない一日。もはや何を話していたのかさえ覚えていない。只々青春時代を回顧した時間が楽しかったのである。

 ほのぼのとした春のひとときよ。電車に揺られてうとうとしているとどこからか、かの歌が聞こえてきた。

 兎追いしかの山 小鮒釣りしかの川 夢は今もめぐりて 忘れがたきふるさと〜♪


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