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 僕は、プロサッカー選手になる目標を諦めつつある。親に、「洋服屋になりたい」だの「映画監督になりたい」だのと、情熱を傾ける価値のあるものを探していた。

 時期は、サッカー日本代表が、初めてワールドカップに出るかもしれない、そう機運が高まっていた時期。その、一大決戦を僕は、連れ達と深夜、伊野瀬のマンションで応援する事になっていた。

 僕は、昼間から興奮していた。だから、授業にも身が入らず、上の空。伊野瀬と兆司にポケベルで連絡し、昨日までに決めておいた予定を確認。

 十一時頃、伊野瀬の家に飲み物とお菓子を買って集まった。僕だけ、サッカー日本代表のユニフォームを着て。

僕:「あれ、お前らユニフォーム持ってんじゃん!」

伊野瀬:「だ、だってWCに行けるかどうか決まった訳じゃないし…。なあ、兆司」

兆司:「そ、そうだよ。僕も同じだよ。ねえ、大久保君。」

国井:「俺に聞かれてもなあ。俺サッカー経験者じゃないんよ。」

 時間まで、サッカーの話で盛り上がった。深夜一時半キックオフ。僕は、自分がピッチにいる面持ちで、ひそかに、国歌も歌っていた。キックオフ。

兆司:「岡野ぉ…。あそこで外すか!」

伊野瀬:「ほら、ベンチでも怒っているにぃ。」

 そして、延長後半に入った。僕だけは、諦めていなかった。中田英寿選手が左足でシュートした。そして、岡野選手が詰め寄り、ゴールに流し込んだ。その時だった。僕はサッカー選手としての、全ての持てる情熱を、WC出場が決まった瞬間、声にならない声を、プロサッカー選手になる目標と訣別するかのように、その時点で持っていたエネルギー全てを出し切った。  (了)

 

拙書短編小説「せめてもの日本代表」

#サッカー日本代表観戦記

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