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【読書録93】主体的に行動しないことはただ命を失っていくこと~高橋祥子「生命科学的思考」を読んで~

 以前から、読んでみたいと思っていたが、ようやく図書館で順番が回ってきて手に取った。

 めちゃくちゃ面白かった。
 
 科学者ならではの論理的な文章と生命科学研究者ならではの視点。人としての生き方を考えさせられた。
 副題の「ビジネスと人生の「見え方」が変わる」というのも過大なタイトルではないと思う。

 本書を通じての著者の主張は、こうである。

「生命の原理や原則を客観的に理解した上で、それに抗うために主観的な意思を活かして行動できる」


生命の原則とは何か?

 
 生命に共通する原則とは何か?

「個体として生き残り、種が繁栄するために行動すること」

と著者は言う。

なぜ感情を抱えて生きるのか、なぜ争いが絶えないのかも、生命としての生存戦略上それが有利であるから。本能的な行動や欲求も、すべては生命原則に基づいている。

 例えば、他人に対して怒りを覚えてしまうのは、自分の敵に対応するためであり、孤独感は人と集団で生活することで生き延びてきた人類が、一人で生きることを避けるための機能だという。

  こう言った視点を持つことで、客観的に物事をみることができる。
客観的を超えて「達観」とも言えるかもしれない。

 生命原則から見た時の「死」の捉え方も興味深い。

死は「連続性の喪失」、裏を返せば死を新しく生が入れ替わっていくことと捉えて「非連続の創出」とも表現できる。

 環境の変化のスピードは大きく、一つひとつの個体が連続性をもったまま適応するには限界があります。そこで、新しい生命を常に作り続け、来るべき環境の変化に備えようとするのです。
 新しい生命が活動するためには、古い生命は入れ替わっていく必要があります。それが「死」です。
 個体の死は、このようにマクロに見れば生命原則に基づく生命活動の一部です。

 身近な人や自分自身の死というのをそんなに達観して見ることはできないが、だからこそ、限られた生を精いっぱい生きようという気になる。

そして多様性に対する捉え方も非常に興味深い。

外界の変化に適応するための手段の一つとして生物は多様性を保有している。多様性は生物が命をかけて作り出してきた生命最大の特徴 

 LGBTに対する仮説もなるほどと思う。
スエヒロタケと言われるキノコは、性別が2万3千種類以上あると言われており、2種類の性別しかないのが、人類の最終形態かどうかは証明できないと言う。また魚類では、集団内の環境によって、性別が頻繁にかわるものもあると言う。
 そのような事実から、LGBTを含む性の多様性を、人類の発展途上かもしれないと言う。

 そのように視野を変えて物事を見れるのも、生命科学という一つの専門分野を極めているからであろう。一つの分野を極めて、その視点から物事を見るのは深いところに到達できるのだろう。

人間の本質は、主観性=自分が何をやりたいか

 
 著者の真骨頂は、生命科学者のみならず、起業家であるという事である。

 起業家としての側面が大きく出ているのが、人間には、生命原則を理解した上で、それに抗うために主観的な意思を活かして行動できるという後半の主張であろう。
 本書の面白さを何重にも増しているのが、この人間の主観性に関してだと感じた。

自ら未来に対して課題を設定できるということ自体が、生命原則に対して極めて自由かつ主観的であり、より良い未来に到達できるための原動力となる。

この箇所、非常に好きである。

世の中にある様々な課題は主観的な意思が作り上げており、逆にいえば課題を見つめることで自身の意志が見えるのです。その見えてきた自身の主観的な意志を認識することが、課題解決の推進力となると私は考えています。

 行動を起こさないままやってくる未来と行動を起こしたときの、未来の差、いわば「未来における差分(未来差分)」を意識することから課題が生まれます。

 未来の思い描く状況と現在の状況に差分があり、さらに現状維持のままでは思い描く未来に到達できないことがわかったとき、その未来差分を解消しようと行動が生まれます。そして、行動の初速が伴うことで情熱が生まれます。

すべてをそぎ落とした後に残る主観こそ人類の本質

 著者も例に引くように、新型コロナウイルス感染症の流行などは、社会経済のあり方が変わり、自分の考え方も大きく変わる出来事であった。その中で残った自分の主観、自分らしさこそ、忘れてはいけないものなのである。

自分の主観の見つけ方


 自分の主観は何なのか?私自身もよくわからないが、著者はこう言う。

自分の主観を見つけるためには、自分は何に興味があるのか、何か好きで、どんな未来を目指したいのか、ひたすら思考し行動することが必要となります。

 行動する中で見つけていくというのは非常に共感する。そして起点はやはり自分の好きな事なのだ。

それでもピンとこない人に対してこう言う。

カオスな環境に身を置くことで、他者とは異なる自分の主観的な命題に気づくことが可能になる。

 震災とかコロナなどの有事、或いは、海外など生活習慣文化が違う環境、そんな状況に身を置くことで見えてくるもの、それが本当の自分、自分の主観なのかもしれない。

 その他、著者の主張で興味深かったことなどを書いていきたい。

「覚悟」とは何か?


 私は、自分がやったことに対して、後から「こうしとけば良かった」「なんでこんな選択してしまったんだ」と思うことが多い。

著者は、私のように後からうじうじとするのを「葛藤」と呼び、それは、「覚悟」が足りないとしてこう言う。

覚悟は葛藤を凌駕する。時間軸の視野のコントロールができれば自由に覚悟を持つことができる。

覚悟は不確実な未来に対する「掟」

目指したいものに対して覚悟を決めている人は葛藤しない。
私が考える覚悟とは、「不確実で曖昧な未来に対して、どうなっても絶対に後悔しないと最初に決め抜いておくための掟のようなもの」です。大事なのは最初に決めておくという時間軸です。

 最初に決めていくという時間軸を持つこと。なかなか難しいが、著者が言う、時間軸の視野のコントロールを持つ、せめて意識するというのがポイントだろう。

 時間軸については、「いつかくる未来のために生き続けることの虚しさ」として、ニーチェの「過去が現在に影響を与えるように、未来も現在に影響を与える」という言葉を引用してこう言う。

今は辛いが、未来は幸福という分断された考えを持つのではなく、時間的視野を広げ現在と未来を同時に見て、その上で現在何をすべきかと思考し続けることが大事

 「いま、ここ」という禅の教えがあるが、これも同じことなのだと思う。
快楽と幸福の違いも時間軸の持ち方の違いとするが、「いま、ここ」に集中するとは、単に現在を過去・未来と分断するのではなく、広い時間的視野、空間的視野の中で、いま、ここで何をするのかということなのかなと考えた。

行動することで情熱が湧いてくる


 次に印象に残ったのは、「行動」についてである。

著者は、「情熱とは、後天的に獲得可能なものである」としてこう言う。

情熱があるから行動が起こるのではなく、行動することで情熱が沸いてくるものだと私は考えています。

 また東京大学の池谷裕二教授の言葉としてこう紹介する。

「人間は行動を起こすから『やる気』が起きてくる生き物」
「面倒な時はあれこれ考えずに、さっと始めてしまえばよい」

 これもよくわかる。
うじうじ考えている時間あれば、Just Do It!!なのだ。
 やりたいと思っていること、まだ手を付けていないことはささっと始めてしまう。
 これは本当に大事。

主体的に行動しないことは、ただ命を失っていくこと


 このような強烈な言葉を使い、著者は自分の価値に沿った行動に駆り立てる。

 科学的に客観的にいうとこういうことである。

人が努力(エネルギー消費を伴う行動)をしなければいけないのは、個体にとっての平衡と外界の環境にとっての平衡状態が異なるから。常に変化する外界の環境に合わせながら生命を維持するためには、常にエネルギーを摂取し代謝するという努力が必要

私たちを取り巻く環境のエントロピーが増大しようとする中で動的平衡を保つには、どこを目指すかが極めて重要となるからです。なぜなら、何も目指さないと何も起こらないのではなく、無秩序度が増大し崩壊してしまうから、そして崩壊を阻止するためのエネルギーは有限だからです。

人は生きていくために努力しなければいけないが、個体のエネルギーは有限であるためそのエネルギーをどこに投入するかを意志をもって決め、思考する環境に身を置く必要がある。

 とりわけ、私のように中年になってくると、学生や新人と違い、知らないことについて強制的に勉強させられる環境が無いため、意識的に行動して行くことが重要であるとする。

大人になればなるほど、意識的に何かに向かって思考し主体的に行動をしないと、ただ命を失っているだけの時間が増えていく傾向があります。

そして、行動の重要性として、こう締めくくる。

ヒトは自分で行動を起こして経験しながら学ぶ生き物ですが、その理由の一つは、感情にあります。記憶するかどうかは脳の海馬が機能を司っていますが、単なる中立的な情報よりも、感情を伴う情報のほうがより長期的に記憶として定着しやすくなると考えられています。

経験することによって生じる感情は、記憶の定着、ひいてはその後の行動に大きな影響を与えます。ヒトは結局自ら「行動」を起こすことによって初めて学び、前進していくものだと言えます。

 行動こそが、正のスパイラルを回していく一番の源なのだ。


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