見出し画像

ネット物販で南の島暮らし 12

 …とは言ってみたものの、石垣島に来てからもう一ヶ月以上の時間が経っていた。正直、このままで大丈夫なのか心配にもなってきた。

 このままこのネット通販のビジネスに取り組むべきなのか、それともやっぱり諦めて東京に戻ってまた派遣の仕事を探すべきなのか…収入が全くない状態で一ヶ月が過ぎている…預金残高が減っていくばかりの生活…正直、不安でしかない。

 そんな不安を抱えた状態だと、気持ちばかりが焦ってしまって、今ひとつ集中できない。ブログもS N Sもアカウントは作っては見たものの、今ひとつ気分が乗らない。記事を書いてはみたものの、自分で読んでもなんだか文章が面白くない。なんだかありきたりな商品説明のような文章だ。

 でも、『稼がなきゃ…お金がなくなっちゃう…なんとかしなきゃ…』なんて声が、頭の中でぐるぐる回って、やがてそれは『やっぱりダメだよ。私には無理なんだよ。なんでこんな事やってるの…』と言った感じで、自分で自分を責める言葉に変わっていく。

 そうなると、もう何かクリエイティブな事なんて思いつかなくなってしまう。あぁ、どうしたら良いんだろう…
 
 そんな悶々とした気持ちで、サンセットカフェのテラスでアイスコーヒーを飲んでいた。
 
「智恵ちゃん、ここシワ寄ってるよ。(笑)」
 サンセットカフェ店内から外に出てきたプーさんが、自分の眉間を指さしながら声をかけてきてくれた。

「プーさん、せっかくアドバイスもらってるのに、申し訳ないんですけど、なんか上手くいかないんですよ。なんか、やっぱり私には無理なのかなぁって思ってしまったり、なんか、うん、上手くいかないんです…」

「そっかぁ。まぁ、そういう時もあるよねぇ。う〜ん、もしかしたらね、本当に決断するタイミングなのかもね。まだ今は引き返せるのよ。ここであきらめて、また東京に帰って、元のような暮らしにも今なら戻れるでしょ?でも、これ以上進んでしまったら、もう引き返せなくなる感じなんだよ。だからね、迷ってるんだよね。」

「そうなのかもしれません。なんか、怖くなっちゃって、動けなくなっちゃってます。」

「うん。じゃあさ、このまま進んだ時の最悪の事態を想像してみようよ。」

「最悪の事態?」

「そう、例えばなんだろうなぁ…一文無しになっちゃうとか、事故に遭っちゃうとか、そういう自分が怖いと思う未来を想像してみてよ。」

「う〜ん、まぁ今だったら、実際貯金を切り崩している状態なので、このままお金がなくなっちゃうのが怖いですねぇ。」

「じゃあさ、実際にこのままお金がなくなったらどんな事が起きると思う?」

「えぇ!?…えーと、まずここで暮らせなくなったり、この島から出て帰ることもできなくなって、食事とかもできなくなって…ホームレスになって…って感じですかねぇ。」

「(笑)ハハハ、なんか全然リアリティ感じないんだけどさ、そうなる前に智恵ちゃんは何か行動起こすよね。」

「まぁ、そうですね。何かアルバイトとか探すと思います。」

「そうだよね。石垣島なんてさ、観光業なんてたいてい人手不足だしさ、けっこう都会並みの時給で募集出てたりするでしょ?」

「そうですね。」

「住み込みのバイトだって、結構あるみたいだよ。家賃とか掛からなければさ、そんなに高いお給料じゃなくても充分だったりするでしょ?…あ、そうだ。確かそこのペンションの国仲さんが、住み込みで働ける人を探しているみたいなこと言ってたな。」

「え!そうなんですか?」

「うん。まぁ、国仲さんとこでなくても良いんだけどさ。要は心配事なんてさ、しっかりと向き合ってみれば、たいていなんとかなるものなのよ。もしさ、何かやらかして大きな借金を背負ってしまうなんてことがあってもさ、日本人だったら殺されるなんて事はないわけよ。最悪、破産したって良いんだよ。破産手続きとか、面倒なことは経験しなきゃならないかもしれないけど、それで済んじゃうのよ。どうしても仕事もできない状態になってしまったとしても、生活保護を受けることもできるのよ。もちろんさ、そんなことになったら、ご両親とかには迷惑をかけるかもしれないけどさ。でもさ、きっと身内以外にも助けてくれる人も現れたりするのよ。」

「…はい。そうですね…」

「そういえば、智恵ちゃんはご両親とかご健在なの?」

「あ、はい。両親とも…多分、元気だと思います。」

「あんまり実家とかに帰ったりしないんだ。」

「そうですねぇ…五年くらいは会ってないかもですねぇ…(汗)」

「そうなんだ。ま、いろいろあるよね。親子って(苦笑)。」

「いろいろと面倒くさいんで…」

「そっかぁ…」
 
プーさんは、何かを言いたげに見えたけれど、言葉を飲み込んだようだった。
 
「まぁさ、だから心配事なんて、ほとんど現実になることはないんだよ。」
 プーさんは話を戻すように続けた。

「暗闇が怖いのはさ、そこに何があるのかわからないから怖いんだよ。でも、暗闇でもそこに何があるかがわかっているような場所だったらそんなに怖くないでしょ?それと同じで、未来も先が見えないから怖いけど、最悪な状態を想像して、その時に何ができるかが想像できればそんなに怖くないでしょ?」

「そうですね。なんか少し怖くはなくなったかもしれないです。」

「でね、前にも言ったと思うけど、『決める』事が大事なんだよ。不安でも、すぐに結果出なくても、誰かに反対されても、それでも続けるって決められるかなんだよ。そしてね、たいてい新しく何かを始めようとか、起業しようなんて時には、不思議とそれを妨げるような、あきらめさせるような出来事が起きたりするんだよね。まるで、神様が『お前は、本当にそれをやり遂げる覚悟があるのか?』って問いただしているような事が起きるんだよ。例えば、自分や家族が病気になったり、事故にあったり、大きな借金を背負わさされるみたいなお金に関する問題が起きたり…それでも、続けるのか?みたいな事が起きたりするんだよ。」

「…そうなんですか…そんな風に言われると、また怖くなっちゃいますよぉ。」

なんだか、胸の奥をギュッと締め付けられるような感じがした。
「うん。でもね、『怖くても、それでもやるんだ!』って決められた人だけが、成功できるんだよね。そして不思議と決めた人には、神様からの応援みたいなものが来たりするんだよ。物事がとんとん拍子にうまくいったり、応援してくれる人が現れたりね。」

「…私も、まぁ病気とか事故とかはないですけど、やっぱり今、全く収入がない状態で二ヶ月くらい経ってて、お金だけはどんどん出ていくのに、ネットショップの方が全然注文が入ってこないしで…すっごく怖くなっちゃって、動かなきゃいけないことはわかってるんですけど、なんか手につかないんですよね。」

「だから、きっと今が『決める』タイミングなんじゃない?」
 プーさんが笑顔で言う。ちょっと、ムカつく…(泣)

「分かりました!もう一度考えてみます。」

「うん。別にあきらめたっていいんだよ。普通はみんなあきらめちゃうんだからさ。それが普通なんだよ。そこであきらめられない変人だけが成功できるんだよ。(笑)」

  プーさんに言われた事を思い返しながらサンセットカフェを出て、夕暮れ時のビーチへ向かった。

 夜の7時を過ぎているというのに、まだまだ明るい。日没までにはまだ時間がありそうだ。

 このシーズンは、太陽が見事に海に沈んでいく。タイミングが合うと太陽が海に沈む瞬間に太陽が緑色の光りを放つ、『グリーンフラッシュ』と呼ばれる現象を見ることが出来るらしいのだけど、私はまだ一度も見た事がない。
 上空に雲がないような晴天の時でも、水平線の上空に雲がかかっていたりして、完全に水平線に沈む夕日にはなかなか出会えない。  
今日は見る事ができるだろうか?
 『決める』…か。確かに、私の中にはまだ以前のように東京に戻って派遣の仕事をするのもいいかなと言う想いもあった。だから、東京で暮らしていたアパートもいまだに家賃を払っている。
 また帰るかもしれないという気持ちがあったのだ。
…でも、本当にまたあの生活に戻るの?戻れるの?
 自分に問いかけてみた。…答えは「ノー」だった。
 
 そうだ。こっちでだっていくらでも仕事はある。いずれは自分の仕事で食べていけるようになれば良いんだから、給料が低くても、自分のビジネスに費やす時間が取れるなら問題ない。確かになんとでもなる。
覚悟を決めよう。

 夕焼けに染まった美しい水平線に目を向けると、まさに太陽が海に沈んでいくところだった。
太陽が海に完全に沈んだ瞬間…ポッと一瞬グリーンの光が瞬いた。 …グリーンフラッシュ…なんだか、神様が応援してくれているような、そんな気がした。
 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?