ネット物販で南の島暮らし 14
『智恵ちゃん、久々の東京での生活はいかがですか?今回出した宿題は、とっても重要だから、念の為その意図をわかってもらおうと思ってメールしました。僕もこれまで智恵ちゃんと同じように独立開業を目指している人たちの相談に乗ってきてきたんだけど、結構ね、そういう人たちの中には『家族には内緒で…』みたいな人が多いのよ。
まぁ、その気持ちもとっても良くわかるんだけどさ。でもね、それだと大抵の人はうまくいかないのよ。
ビジネスってさ、大勢の人に支持されて、応援されて初めて成功できるんだよね。お客さんを騙してでも、お金になればそれで良い…みたいなビジネスがうまくいくわけがないんだよ。S N Sであっという間に世界中に悪評が広まっちゃうんだから。
そして、一番身近な家族からも応援してもらえない様なビジネスがさ、赤の他人から応援してもらえると思う?一番身近な家族を説得できるような情熱がなくてさ、そもそも聞く耳を持たない様な赤の他人に自分の商品の魅力を伝えられると思う?…って事なのよ。
周りの人ってのは、鏡なんだよね。自分自身に自信がなかったり、不安だったりすると、それが周りの特に身近な人には見えちゃうんだよ。そして、その自信の無さや不安を智恵ちゃんの代わりに口にしてくれるわけ。智恵ちゃんが「やっぱり私には出来っこないよなぁ…」みたいな事を、心のどこかで思っていると、「あんたにできる訳がない!」なんて事を言ってくれちゃったりするんだよ。(苦笑)
だから、智恵ちゃんが自信を持って…まぁ自信はなくても、それでもやり遂げるという情熱を持って話せば、きっと応援してくれるはずだから。そして、そうやって身近な人からの応援を得ることができれば、他の人からの応援も受け取れる様になるから。
特に、家にお金という豊かさを運んできてくれていたお父さんとの関係はとっても大事だからね。母子家庭だったらお母さんだったりもするんだけどさ。お父さんとの関係がギクシャクしていると、「お父さんが運んできてくれた豊かさを受け取りたくない!」と、潜在的に思っていたりするわけ。
そうなると、お客さんがお金を支払って智恵ちゃんに豊かさを送ろうとしても、智恵ちゃんはどこかで「いえいえ、私は豊かさを受け取れません」って拒否してしまう事があるのよ。
だから、ご両親との関係を修復することって、僕らみたいな個人レベルの起業家にはとっても大事なの。
ということで、宿題は必ずトライするように!』
確かに、あの時反対された自分には、どこかで自信がなかったし、『やっぱり無理だよぉ』みたいな事を心の中で呟いていた様に思う。だから、母親から色々と言われても強く反論する事はできなかったのだ。
「う〜〜〜〜ん、やるしかないかぁ…」
胃の裏っ側あたりがムカムカしてくる。正直、やりたくない…でも、きっとこれは私がやらなければならないことなんだ。次の世界へ行くためには必要なことなんだ…そんな想いが湧き上がってきてしまう。
覚悟を決めて母に電話をかけた。五回ほどのコール音の後に母の声が聞こえた。
「もしもし?」
「あ、えっとお母さん?明日、そっちに帰るから、一晩泊めてもらえる?」
「別に良いわよ、あんたの家なんだから。でも、どうしたのよ?なんかあったの?」
「うん。まぁ、色々と…。また明日、話すから。じゃあね。」
「何〜?」
母の問いには答えずに切ってしまった。(汗)はぁ…、明日は決戦の時だ。
翌日の夕方、電車とバスを乗り継いで、私が高校卒業まで家族と暮らしていた実家にたどり着いた。
築四〇年くらいは経っているであろう、父親の働いている会社のファミリー向けの社宅だ。決して広くない間取りで、家族四人で暮らしていた。
敷地内に入るだけで、あの頃の息苦しさが甦ってくる。金属製の扉のノブに手をかけて回してみると、カギはかかっていなかったので、そのまま扉を引いて中に入っていった。
「ただいまぁ。」
「あら、おかえり。」
母は、夕食の準備をしているらしい。リビングに通じている廊下の先から顔だけのぞかせ、
「今、夕飯作っているから、こっち上がってテレビでも見てなさい。」
と、両手が塞がっているらしく、顎でリビングの方を指しながら言った。
「はい。ありがと。」
一泊だけの着替えだけを詰めてきたバッグを持ってリビングに入っていった。
基本的な家具の配置などは変わっていないが、ごちゃごちゃとモノは増えているようだ。テレビと向かい合うように設置されたソファにとりあえず座ってみる。
十年以上暮らした空間なのだが、なんとも落ち着かない。
沈黙に耐えきれずテレビのスイッチを入れると、夕方のニュース番組がやっていた。海外で起きた紛争のニュースなどが流れていたようだけれど、さっぱり頭に入ってはこなかった。
「智恵の好きなハンバーグにしたから、ちょっと待っててね。お父さんももうすぐ帰ってくるはずよ。」
「そうなんだ。ありがと。」
ハンバーグは、子供の頃から母の得意料理だった。玉ねぎのみじん切りを炒めてから挽肉と混ぜて作る、いわゆる手ごねハンバーグだ。
子供の頃の私はハンバーグが夕食に並ぶと、毎回歓声をあげていたらしい。一人暮らしになってからは、外食でもあまりハンバーグは食べなくなっていたが、母の記憶の中ではハンバーグはまだ私の大好物なのだ。
出来上がった料理を食卓に運ぶのを手伝っているタイミングで、父親が帰ってきた。
おしゃべりで押し付けがましい母とは対照的に、無口な父親だった。いわゆる感情表現が苦手な人なのだろう。
「お帰りなさい。」
私から声をかけてみたが、
「おう…お疲れさん。」
…不器用な人だ。
六年ぶりに、父と母と私の三人で食卓を囲んだ。
久しぶりの家族の再会なのだけれど、妙な緊張感が漂っている。
どのタイミングで何から話せば良いのか…そんなことを考えながらの食事で、懐かしいはずの母のハンバーグも今ひとつ喉を通らない感じだ。
「あんた、今は夏休みかなんかなの?もうお盆も過ぎちゃっているけど。」
おしゃべり好きな母が、まずは口火を切ってくれた。
「実は、契約更新してもらえなくて、今は無職なんだぁ。」
「えぇーーっ、そうなのぉ!?あんたお金とか大丈夫なの?」
「うん、まぁまだ貯金とかはあるから大丈夫。」
「それで、次の仕事は決まってるの?」
「うん。一応、決まってる。実は、沖縄の石垣島に引っ越すことにした。」
「はぁ!?石垣島ぁ!?」
先ほどよりも大きな声で叫ぶ母親と、無言で目を見開いてこちらを見る父親。
「仕事を辞めてからすぐに石垣島に行って、五日くらい前に帰ってきたんだけど、もう今のアパートは引き払って石垣で暮らすつもり。アパートにある荷物もほとんど処分が済んだんだ。もしかしたら、ちょっと預かっておいて欲しいものもあるかもだけど、その時は宅配便とかで送るから預かっておいてもらえるかな。」
「それは大丈夫だけど…あんたまたいきなり石垣島って…向こうで何か仕事ってあるの?」
「うん。とりあえず、ペンションのスタッフで住み込みの仕事をするつもり。」
「そうなのぉ。でも、お給料とか安いんじゃないの?沖縄って最低賃金も低いっていうじゃない。」
「そりゃあ、東京とかと比べたら安いと思うけど、そんなにお金をつかわなくても生活していけるから大丈夫。…それに、ちょっと自分でお店やってみようと思ってる。」
「お店っ!あんた、そんなお金ないでしょー!」
さぁ、またまた攻撃が始まるのかぁ…(汗)
「違う違う、普通のお店ってことじゃなくて、ネットショップだよ。インターネットで物を売ってみるってこと。」
「それだって、お金かかるんじゃないの!?」
そうそう、そうくるよねぇ…
「ううん。今は、お店を持つだけなら無料でもできるんだよ。」
「そうなの?それにしたって、商品を仕入れたりなんだりで、お金かかるでしょう?」
うんうん、これも想定内…
「もちろん、そういったお金はかかるけど、手作り作品を売っていくつもりだから、そんなに一度に大量に仕入れなきゃいけないわけじゃないし、受注生産ってことで、注文と支払いがあってから作ってもらうってこともできるんだよ。それに最初からバンバン売れていくわけでもないと思うから、最初からそんなに在庫を抱える必要もないんだよ。まずは、副業として小さく始めてみて、うまくいきそうなら規模を大きくしていこうと思ってる。」
「でも、あんた今までインターネットの仕事なんてやったことないじゃない。そんなんで大丈夫なの?」
「うん。だから今、石垣島で知り合った先生に教わってショップを作ってる。」
「先生って、あんたまた騙されてるんじゃないのぉ?!」
そうきますよねぇ…
私は、スマホを取り出してブラウザに自分のショップを表示してみせた。
「これ、先生に教わりながら、私が作ったネットショップ。」
私からスマホを奪って、ひと通り中身をチェックしてから父に渡す…渡された父も無言で画面をスクロールさせたり、タップしたりして内容をチェックしている。
「…これって…本当にあんたが作ったのぉ?」
「まぁまだ完成ってわけじゃないし、これから色々と細かいところを修正していく予定だから…」
「もう注文とか入ってるの?」
ドキッ…
「…まだ、注文は入ってないけど…」
「ほら、やっぱりあんたにビジネスなんて無理なのよ〜。」
やっぱりそうくるよねぇ…でも、今回は違うよ。
「まだまだなのは、わかってる。でも、今はこれを本気でやりたいって思ってる。もちろんリスクがあることも分かってるけど、それもある程度は予測ができてる。そのリスクも自分で許容できる範囲のものだって分かってる。だから、失敗することも怖くないし、失敗してもリカバリーできるとも思ってる。」
いつもならば黙って無視してしまうところだけど、、思わず言葉が溢れ出す…そしてさらに勢いがついて、抑えていたものが止められなくなって…
「お母さんには、私がダメな人間に見えているのかもしれないけど、私だって必死に勉強してるし、私にだってできる事はあるんだよ!どうしていつも私のやる事になんでも反対するのよ!私だって…私だって、やりたい事やったって良いじゃん!」
…やっちまったぁ…こんな事言うつもりなかったのにぃ……思わず溢れた涙が頬を伝っていく…私は、下を向き母の反撃に身が構えた。
「…そう。まぁ、良いんじゃない。うん。あんたが作ったにしては、なんだか素敵なホームページじゃない。うん。全然ダメなんてことないわよ。…そんな泣くほどの事じゃないわよ。」
ん?何が起きた?…いつもだったら、さらに激昂した母が反撃してきて、こっちがボロボロになるまで罵倒されるのに…どうした?
「うん。父さんもなかなか良いと思うぞ。」
え?父からも助け舟?…どうした?
なんだか訳がわからないけれど、胸の奥から何かが湧き上がってくるのを抑えきれずに涙が溢れた。
私は子供が泣くように横隔膜を痙攣させながら嗚咽してしまった。そして、それとともに私の中にあったしこりのようなものが溶けて流れ出ていったようだった。
母は私の背中をさすりながら、ただ黙っていた。言葉にはしなかったが、なんだか「ごめんね。」と囁かれているような気がした。
「ごめんね。ひっく…泣くつもりとか無かったたんだけど…ごめんなさい。ひっく」
ボソッと低い声で父がつぶやいた。
「たまには、思いっきり泣くのも良いもんだよ。」
「…アハハ…何、かっこいいこと言ってんのお父さん!…」
泣き笑いしながら思わずツッこんでしまった。
子供の頃の、楽しかった時間が戻ってきたようだった。
「…お父さん、もし私が一文無しになって帰ってきたら……お金貸してくれる?」
「お、、お金かぁ…まぁ、今ならちょっとは蓄えがあるからなぁ…少しは出せると思うよ。」
「そっかぁ。ありがと。そうなったらお願いね。…うん、でもきっと大丈夫。アハハ(泣笑)」
父との会話はそれだけだった。それだけだったけど、何かまた繋がれた…そんな気がしていた。
かつての自分の部屋で一泊して、翌日の午前中には実家を後にした。週末で、私が家を出る時には父も母も家にいて、なんだか懐かしい穏やかな空気が漂う中「じゃあね。」と玄関の扉を開けると
「落ち着いたら、石垣島の住所連絡しなさいよ。」
と、母。その後ろでは、父が無言で手を振っている。
「うん。わかった。…ありがと。じゃ。」
玄関の扉を閉めて、駅への道を歩き出した。駅へ続く道の懐かしい景色の中を歩きながら、なんとも言えない安心感を感じていた。
週末のガラガラの電車に乗り込み、ドア脇のスペースに立ちながらボーッと車窓からの景色を眺めていると、かすかな「ピコーン!」という音とともにスマホが振動した。
『商品が売れました』
スマホの画面に、ポップアップのメッセージが表示されていた。
え?え?え?何?何?何?何が起きた?
なんと、初めての注文が入ったのだった。
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