【社会・時事】「未来の世代に対する、私たちの責任」という言葉を聞いて。

はじめに

この記事で誰かを誹謗中傷する意図がないことを念頭に、書こうと思う。

喫緊の課題である「防衛力強化」

私はこのニュースを目にした時「なぜ今なのか」ということを感じた。
危機意識がないわけではないし、防衛力の強化が必要であるということは間違いのない事実でありながら、なぜこの問題がこのタイミングにおいて議論されたのだろう?と感じる。

今年2月にロシアとウクライナの戦争が開戦してから、10ヶ月が経とうとしている。
もちろん速報を見ながら「本当に始まるのか」とあっけに取られたことは記憶に新しく、この間もペロシ・ショックや北朝鮮によるミサイル発射、接続水域および領空、領海の侵犯行為などのさまざまな要因で東シナ海および太平洋周辺地域に緊張が続いている。

このようなことから防衛に対して予算をつけることは必要と考えられているのでろうと察するが、政府として意思統一されることないままに物事を推し進めることはあってはならないと感じる。

またこのタイミングで防衛力強化に伴う増税をすると決めたことに対しては一刻の猶予もない今日において、「税金徴収してる暇があるのか」「装備は滞りなく準備できるのか」「人数は増やさないのか」「装備の展開等のオペレーションを用意できるか」など単純ではない問題が山積していることに目が向いてしまう。

防衛に関する記事

未来の世代に対する責任

岸田総理は防衛予算について“国債ではなく増税“で強化することについて「未来の世代に対する責任」と言っていたが、理解に苦しむ。

というのはこの問題は5年後10年後を見据えた問題ではなく、喫緊に迫る重要な事柄であり、未来云々ではないということ。

そこに対して、未来に対する責任と簡単に言うのはあまりに無責任であり、今に生きる国民を、国民の生活を蔑ろにしていると思えてならない。その上で「なぜ今なのか」「なぜ必要なのか」「何にどのくらい必要なのか」ということを「丁寧に説明していき、理解を得る」必要があるのではないだろうか。

例え話として、銀行に行って融資を受ける時「未来がうんたら〜」と話して融資を受けられるのか?ということだ。今を見なきゃいけないし、未来を離すにしてももっとクリアに「何に使うのか」「どんな計画で資金繰りしていくのか」を示さなきゃいけないだろう。

最後に

未来を変えるためには今を変えるしかない。
だからこそ今に生きる国民がより豊かで安定的な未来を生きることのできる施策・整備をおこなっていく必要があるのではないだろうか。
時には丁寧な説明が必要な時もあるだろうし、身を切る覚悟を見せる必要もある。
政治家はいま何が求められているのか、空気読めない人ではいけない。

正念場、いいことも悪いことも声にしなきゃね。




怖いはなし、防衛はもちろん食糧も含めて小さな信頼できるコミュニティを構築しないといけないなと感じます。自治区とかやらないですが。でもほんとに危機感持たないと。大事な人、大切な人を守れる人で居られたらそれでいいから。

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