老人に軽々しくお世辞を言うこと

私の祖父母は割と早い時期に亡くなっていて、今は母方の祖母しかいない。そんな祖母も85歳になる。

祖母は保育士をしている。この歳になっても働いており、家に篭りっきりより脳が活性化するしボケ防止になるだろうと、数年前までは家族間でもそう思っていた。実際祖母も仕事がしたいようであった。

祖母は典型的な老人で、自分が年寄りと見られることを嫌い、若く見せようと見栄を張ることが多い。

何年か前に旅行に連れて行ったとき、長い道を歩くとき足の負担のことも考え車椅子に乗せたところ、景色を見ずにずっと顔を伏せていた。車椅子に乗せられる自分が恥ずかしかったのだろう。(誰も気にしていないだろうに)人の目を気にしてしまう、そんな祖母だ。

家族としてはそういった見栄を張らないでほしいと思っている。そこで無理をしてどこか体を壊したら本末転倒だし、正直、困ってしまうのだ。気持ちは分かるが、命にかかわる場合だってある。

そんな祖母は、数年前まで車を運転していた。今考えてもとても恐ろしいのだが、危なっかしい運転を繰り返していた。

いつ事故を起こしてもおかしくないと判断し、祖母に免許を返納するよう家族で説得。

祖母はだいぶ渋っていたのを覚えている。

「買い物が必要なら車を出すから」と懇々と言い続け、ようやく免許を返納することを承諾してくれた。

それから数週間ほど経って、そういえば免許を返納したのかなと思っていると、母が怒りながら話してきた。

「おばあちゃん、免許返納いくのやめちゃったんだって」

え?なんで!?あんだけ説得してようやく折れて返納しに行くはずだったよね!?

困惑しながらよくよく話を聞くと、

「勤めている保育園でほかの先生に免許返納の話をしたら『先生(おばあちゃん)まだ若いんですから、車乗れますよ!』というようなお世辞を言われ、返納をやめた」

とのこと。

は?こっちがどれだけ祖母の心配をした上で渋る彼女を無理くり説得したと思ってんの?その苦労、不安を社交辞令のようなお世辞で一瞬に流されたっていうの?それ言った先生、もしその後も祖母が運転して万一事故に遭ったら、どう責任とるの?

そんな世辞ひとつで覆らすわけにもいかないので、叔父が祖母の車を売り飛ばし、強制的に運転できないようにし、免許も無事返納できた。

免許の話はそれでしまいなのだが、私はそれ以来ずっとモヤついている。

祖母はその保育園に何十年も勤めている大ベテランで、当然というべきか、敬われていた。

そんなベテランである彼女をおだてたりおべっかごますりをするのは社会としてごく普通なのかもしれない。

祖母も口を開けば「でも保育園の先生は若いって言うのよ」「耳もよく聞こえますねって言われる」「健康で丈夫ですねとも」と他人からの世辞を存分に浴びていい気分になっている。

若くない。耳だって本当はすごい遠い。健康だって断言も出来ない。

それが祖母なのに、赤の他人たちは、あることないこと言って祖母の見栄を張る手伝いをしている。

祖母はそれを本気にしている。

それがたまらなく悔しいのだ。

自分の現実を直視できない片棒を他人が担いでいるのだ。その場のノリで、場を和ますための手段として。

祖母は最近身体的に弱ってきている。あまり動かないし、すでに救急車にも何回か乗っている。ペースメーカーをつけるために入院だってした。キビキビ歩けないし、とても忘れっぽくなった。

もう祖母は見栄を張れるほど強くない。でも祖母が上位にいる空間では、それがいまだに成立している。

当たり前だが、私は祖母が好きだ。ずっと元気でいてほしいと思っている。

そんな祖母だからこそ、他人から虚構で飾られて自分を見つめられずまだ大丈夫だと思ってほしくない。

周りの人も、その場しのぎで祖母を持ち上げないでほしい。その言葉には老人の命が乗っていて、責任が発生していることを少しでも理解してほしい。

あなたたちからみたら祖母は他人だが、私からすれば大事な家族なのだ。

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