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はるかのエッセイ【アレルギー】

わたしは昔から、何かと神経質だ。
手はゴシゴシ洗う。
もっと言えば、アルコール消毒をしてから、手を洗い、仕上げのアルコール消毒をする。
エスカレーターの手すりなど触るものか。
デパートの手すりなど触るものか。

一見下品だが、ドアノブに触れたその一瞬で恐ろしい感染症を引き起こし、
数ヶ月入院することになるくらいなら足で開ける。それほどに神経質なのだ。

まあ生き辛いのは言わずもがな。しかし汚物に触れるのは絶対に御免である。
良く薬局で目にする
テスターも正直触りたくない。
触ると鳥肌が立つ。
 
通っていた幼稚園には、手洗い場の隣に洗面器が設置してあり、その中に消毒液が入っていた。
手を洗った後は、そこに手を浸ける
決まりがあった。
三、四人タイミングが被るため、
その園児たちと、「いーち、にーい、さーん」
と十秒数を数えた。六秒辺りから面倒になっていたのを覚えている。それでも、消毒自体は好きだった。
心も無菌になる気がした。

手洗い消毒マニアのわたしは、誰もいないタイミングを見計らっては、熱心に手を洗って、廊下まで微かにもれる園児らの声を聞きながら、遠くの建物を見つめ、消毒を独占するのが
密かな趣味であった。
黄昏るのが好きだった。

その日も教室でお遊びの時間に、遊ぶふりをしながら、いまかいまかとタイミングを見計らっていた。

園児の言い合い喧嘩がはじまった。

「今しかない。」

映画を見て言ってみたかった台詞を小さく呟き、手洗い場にたどり着いた。大成功だ。

先生の目を気にしながら、消毒液に、静かに無心に、そっと手を入水させた。神聖な時間だった。

 そのときだ。

みんな遊んでいるはずなのに
一人の少年が一緒に手をつけてきた。神聖な時間を邪魔されたのは不愉快であったが、消毒マニアが同じ幼稚園に紛れていたことが嬉しかった。

二人は会話もせず、ニコニコと笑い合って、手洗いと消毒を何度も何度も行ったり来たりした。
なんだか青春を初めて味わったような気がしていた。

青春には必ず邪魔が入る。
この日初めて先生に見つかってしまったのだ。
 「何してるの!消毒は一回です!」
なかなか迫力があって、怖かった。
わたしの初めての青春は一瞬にして除菌されていった。その日からその先生には、不潔の印象を持つようになってしまい、嫌いになった。 

そしていま現在、わたしは様々なアレルギーと共存している。育ち盛りの当時に、除菌をし過ぎたのではと責められては、返す言葉はない。いまあの先生に、中山先生に会えるならば、あのときもっと叱ってやってくれとお願いしたいものだ。

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