2:交差点

 結実がエントランス出口に車をつけて間もなく、遵も助手席に乗りこみ、手慣れた手順でカーナビを操作し、暗記しているのか1時間弱ほど離れた場所の住所を入力した。そして行き先も、そこへ行く目的も、そこがどういう場所であるかも説明しないまま、眠そうな目を細めて、無言で前を向いている。

「…君は。私に君をどこに送らせるの」
 ゆっくりハンドルを切り、発車させながら尋ねる。細い路地を抜ける為に、何度か信号に捕まる。ゴミゴミしたこの辺りを運転するのが、結実は嫌いだった。それ以上に遵の運転する車に乗るのが嫌だから、いつも二人で出かけるときは運転手は結実の役割だ。
「目的地はナビに表示されるよ」
 退屈そうに目を閉じて、遵が答える。
「そうでなく。そこに何がある、私にも心の準備が必要なんだよ。どうせ、ろくな事じゃないだろう」
 進行方向の信号は青に変わった。だが、交差点で向かい合った全車両は、足の悪い老人が横断歩道を渡り終えるのを、息を潜めて見守っていた。結実はハンドルを握る手を膝におろし、助手席にいる遵を横目で見た。
「ろくな事って、どんな事だと思う?」
 前を向いたまま、また右口角を上げ、ニヤニヤ笑っている。本当に嫌な笑い方をする男だ、と結実はまた思う。
「…どんな、っ…」
 言いかけた言葉を、遵が遮る。
「存在しない人間が横断するのに、道を譲ったりする事とか?」
「え、」
 目の前では老人が無事横断歩道を渡り終え、対向車が発進しようとしていた。あの老人が、存在しないというのか?周囲のドライバー全てが認識している様子だったのに?
 結実が狼狽えていると、後続車が苛立たしげにクラクションを鳴らした。混乱したまま、取り敢えず発進した。
「例えば、そういう事か、って意味だよ」
 遵が心から愉快そうに、また嫌な笑いをさらに歪めて笑っている。
「お前がいないと、そういう事は起きないから、連れて行くんだよ。」
 助手席でケタケタ笑いながら、安全運転で行けよ、と軽口を叩き始めた遵を無視し、結実はゆっくりとアクセルを踏み込んだ。




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