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「一般人」の書くサッカー観戦記に価値はあるのか?

サッカーの観戦記を書くに当たって、スタンスを明確にするための内容です。開幕戦の文章の冒頭にするつもりでしたが、思ったよりも長くなったので独立した文章にしました。

インターネットの世界は情報で溢れています。もちろんサッカーに関する情報もたくさんあり、読み手からすると玉石混交であり、書き手にとってはPV争いは修羅の世界だそうです。

そのような血で血を洗うレッドオーシャンにおいて、僕のような「一般人」がサッカーの試合について語ることに、果たして価値はあるのでしょうか?

「価値はある、でもやり方による」

この考えは、僕が思いついたというよりは、『OWL magazine』を始めるに当たって中村慎太郎さんに提示された概念なのですが、非常になるほどと思いました。以下、それを僕なりに紹介していきます。


・サッカーの試合について、情報は「フロー」

前提として、情報は「フロー」「ストック」のいずれかの性質を持つ、という特徴があります。

そしてサッカーの試合について、「情報」はフローです。その価値は時間の経過とともに急速に低下します。誰がゴールを挙げた、どんな戦術だったかなどの情報は、世間からは日にちとともに流れて消えていきます。すなわちフローです。

「価値が最大化するのは、試合の最中か、試合直後に話題を生んでいるときだ。そして、数日すると誰も語らなくなる。少なくともニュースバリューは消える。そして、次の試合が行われると、ほとんど無価値になっていく」(「鳥取砂丘は世界の夢を見るのか」ガイナーレ鳥取紀行 前編)

中村さんは職業ライターなので、「ライター目線で言うと露骨にあるもので、1週間前の試合のレビュー記事を書いてもどこにも掲載されない」と書いています。

僕はこれまで情報の受け手だったので気にしたことはなかったのですが、言われてみると確かに注目した試合のレビューでも、試合から3日も経つと関心がなくなります。直近の試合より前の試合レビューを読むことはまずありません。


・サッカーについてでも、思い出は「ストック」になる

一方、試合についての出来事であっても、自分にとっての「思い出」と言えるようなことであればどうでしょうか。それは時間とともに価値が色褪せるものではなく、心にずっと蓄積されていく、ストックと言えるでしょう。

そしてその情報が、読者にとっても共感してもらえる内容であれば、自分だけでなく世間にとっても「ストック」となり得ます。時間が経過しても価値や関心がそれほど下がらず、語り継がれるものになります。

「思い出」は客観的な情報とは性格を異にするものです。主観的、個人的なことで構わないというか、むしろその方が「思い出」にはふさわしいです。

具体的な例があった方がわかりやすいと思うので、自分にとってのサッカーの試合にまつわる「思い出」を3つほど挙げてみます。以下「日本代表レベル」「Jリーグレベル」「地域リーグレベル」でセレクトしてみました。


・例1:アジアカップ2011、吉田麻也のレッドカード

2011年にカタールへアジアカップを見に行きました。準々決勝で開催国のカタールと対戦したのですが、試合の日は僕の誕生日でした。僕は1月が誕生日で、その時期は日本のサッカーはシーズンオフなので、自分の誕生日に応援するチームの試合があったのはこの日が初めてでした。わざわざ海外まで試合を見に行くと負けた時の「失った感」が大きいのですが、誕生日、しかも30数年生きてきて初めてのバースデーゲームともなるとなおさらです。そんな中、1-1のスコアで迎えた後半16分、吉田麻也が二枚目のイエローをもらい退場となります。さらにそのフリーキックを決められ1-2とリードされてしまいました。結局日本はこの試合逆転勝ちするのですが、数的不利となってからの戦いは非常に苦しいものがありました。その時間帯はずっと「せっかくの誕生日にわざわざカタールまで来たのに、あいつのせいで……」というネバついた感情を抱きつつ辛うじて応援していました。勝ったらそんな感情はきれいさっぱり忘れてしまったのですが、僕にとっては「カタールでもらった吉田麻也のバースデーレッド」は非常に印象深い思い出です。西野カナも歌っているように、記念日は大事です。


・例2:2011年、酒井宏樹が覚醒したハーフタイム

今となっては世界的な選手となった元柏レイソルの酒井宏樹ですが、彼が「覚醒した」瞬間は今でもよく覚えています。J1で初スタメンとなった2011年4月23日大宮アルディージャ戦です。柏は前半は辛うじて0-0で終えたものの、内容は全くパッとしませんでした。特に右サイドバックの酒井宏樹は煮え切らないプレーに終始しており、監督のネルシーニョも何度も怒りを露わにしていました。僕はJ2だった前年の2010年から「煮え切らない選手」と感じており、この日は特に「あいつを替えなきゃ勝てないよ!」とサポ仲間に主張していました(みんな頷いていました)。ところがハーフタイムを挟んで後半立ち上がり、酒井はものすごい大胆なオーバーラップを仕掛け、フリーでクロスを上げ、しかし明後日の方向に飛ばしました。僕なんかは前半の印象に引きずられていたので「あの野郎……」と思ったのですが、ネルシーニョはそのプレーに対し大いに拍手をし、facebook社がモデルにしたのではないかというぐらいの巨大な「いいね!」をします。その後も酒井は効果的なプレーを連発し、試合も勝ち、僕は「酒井、素晴らしい!」と手のひらを返すことになりました。そこから先は現在に至るまで、みなさんも知っている今の酒井です。あの試合、ハーフタイムに何があったのでしょうか。もし酒井宏樹と話す機会があったら真っ先に聞いてみたいです。


・例3:南葛SC 福西崇史のイエローカード

「南葛SC」という、東京都1部(J1から数えると7部に相当します)のサッカーチームがあります。2018年、元日本代表の福西崇史が41歳にして現役復帰し加入したことで話題になりました。加入後、昇格プレーオフ的な大会があり、南葛SCは敗退してしまったのですが、僕はなぜかその試合を見に行っていました。福西は現役時代「さわやかヤクザ」という俗称があったぐらい、端正な風貌の割にダーティーなプレースタイルで有名でした。この試合の福西は、年齢やブランクもあってか動きは良くなかったと思います。しかし後半、「福西らしい」プレーでイエローカードをもらいます。相手選手に削られた際に、地面に倒れる勢いを利用して回転しながらケリを入れるという、非常にさわやかなイエローでした。懐かしさもあって、思わずププッと笑い声が出てしまい、周囲の観客からも同じような笑い声が漏れました。すると隣の席の子供(4歳ぐらいだと思います)が、「ねえパパ、どうしてみんな笑ってるの?」などとパパに質問を始め、さらに笑いがこらえられなくなりました。笑いというのは高度な文脈の上に成立するんだな……。


・「サッカーファン文脈」に響く思い出話

これらのエピソード、いかがでしたか。サッカーに詳しくなくて「酒井……って誰?」みたいな人や、「お前の誕生日なんて知らねーよ!」みたいな敵対的な人もいるかもしれません。

僕個人としては、これらは今でもよく覚えているエピソードです。そしてサッカーファンの友人に話しても、面白がって聞いてくれます。ということは、友人でなくてもサッカーファンであれば興味を持てる内容なのではないかなと思います。

日本のサッカーファンには、ある程度共通した興味、考え方などが存在すると思います。ここではそれを「サッカーファン文脈」と呼ぶことにします。昔は『サッカーマガジン』や『Number』などの雑誌による影響力が大きく、「サッカー論壇」などと揶揄されていたのですが、今はそれもインターネットの世界で大衆化しています。雑誌の時代よりは拡散していますが、それでもやはり共通の「文脈」が存在しているように思います。

4歳の子供では、大人が見て面白いもの(福西のイエローとか)を理解できません。逆に大人は、子供向けの映画やテレビ番組を見ても物足りないでしょう。サッカーの情報でも、文脈が高度になればなるほど、個人的になればなるほど、わかる人にとっては記憶に残るエピソードになり、社会的に「ストック」といえる価値を持つ情報になります。とはいえ、あまり高度な文脈になりすぎると、理解できる人の絶対数が減ります。個人的になりすぎず、それでいて「サッカーファン文脈」に沿っている情報には価値があるということになるのでしょう。


・レビューを書くのはとても大変

僕としては「試合情報はフロー」という観点は目から鱗でした。またそう考えることにより、書くことだけでなくサッカーを見ることも非常に楽になりました。

「書かれたサッカー」でよく見るものは、報道です。基本的に試合についての客観情報の羅列で、試合中の時系列に沿った内容です。また、ネット上には専門家による試合のレビューや、いわゆる「一般人」が書いた観戦記などもあります。それらは大体、サッカーの1試合についてゲームを通した内容を書いています。

ゲーム全体について書くのは、実はかなり大変です。書くこと以前に、サッカーの1試合をきちんと理解することがそもそも大変、というか完全なる理解はおそらく不可能です。広大なピッチ上、11人対11人でゲームが行われており、全ての場所を見ることは誰にも出来ません。また選手のプレーは見ることが出来ても、何を考えているかはわかりません。

そのため、試合のレビューはある程度「決めつけ」が必要になります。試合の流れや、選手の意図について「こうだった」と断定的に扱い、その結果試合の展開がこうなった、などの論を展開します。サッカーを見慣れている人、書き慣れている人だと、決めつけといっても妥当なもので違和感なく読めます。しかし慣れない人や頭の良くない人が「決めつけ」ると、おかしな論を展開することになります。実際、自分が見たはずの試合内容と全く違うレビューを目にすることもよくあります。

もし自分がサッカーの1試合についてレビューを書いたとしたら、「ちゃんと試合を見れているのか?」かどうかがものすごく気になると思います。僕はサッカーの競技経験もなく、戦術やコーチングについてきちんと勉強したこともありません。読書や観戦の経験は多い方だと思いますが、テレビで解説出来るほど的確に試合を見れているわけではないと思います。見れていなければ当然、そのレベルでは書けません。

「自分なりに見えた試合」であってもそのレビューに価値がないと言い切ることはしません。しかし、僕としては「レベルが低いものを書いても仕方ないな」と考えてしまい、サッカーの観戦記を書いたことはこれまでありませんでした。


・「報道」は職業人に任せ、一般人は「思い出」を語ろう

そう思っていたところに、冒頭で触れた「フロー」と「ストック」の概念を聞き、長年のモヤモヤが晴れました。

サッカーの試合レビューには、「客観的な内容」や「ゲームの動きの再現」などが求められます。良いレビューとは、理想的、究極的には試合を完全に再現したものになりますが、実際の試合を再現すればするほど、それは「フロー」になります。次の試合がやってくると、その「試合」の価値は落ちるのです。

フローで価値を生み出すには、速報性と継続性が必要です。試合が終わってから出来るだけ早く分析や執筆が求められます。また、継続的に発表しないと早く見つけてもらえず、価値が落ちるでしょう。試合後、祝勝会や残念会などやっている暇はなく、1秒でも早く記事にしなければなりません。お疲れ様です。

一方、個人的な経験や見方になると、実際の試合からは遠くなりますが、だからこそストックとなり、フローの呪縛から逃れることができます。思い出話は試合そのものではないからこそ、次の試合がやってきても価値が落ちません。残念会や祝勝会(これらがないとサッカー観戦の楽しみは30%減です)も安心して出ることが出来ます。

ストックの長所、フローの短所ばかり述べてきましたが、フローを扱うことはデメリットばかりではありません。「フローの方がバズりやすい」という特徴もあります。そのため職業人は、レッドオーシャンであることを知りつつもフローの海に飛び込むのでしょう。逆にいわゆる「一般人」は、職業には向かないからこそ、ストックの世界にニッチを見つけられるのかもしれません。


こう書いてきましたが、実は僕のサッカーの見方は、割と「戦術寄り」です。ゴール裏には基本行かないですし、事情があって行った場合でもチャントは歌いません(中心部からは離れた席に座って見ます)。僕はゲームとしてのサッカーが面白いから見ているというスタンスなのです。ただでさえサッカーは複雑系のゲームなのに、跳ねたり歌ったりして余計な酸素を使ったら、脳の容量を圧迫されてゲームの理解が阻害されます。色んな楽しみ方があってよいので、応援する人を否定しているわけではありませんが、僕はそういう人だという話です。

これからも、目の前のゲームで何が起きているのかを出来るだけ理解したいとは思います。しかし、それを世間に向けて発信することは、僕はしません。サッカーの試合を再現できるようなレビューを書くことは、非常に難しいです。僕にそれだけの知識や能力があるかがまず怪しいですし、実績や知名度がないと信憑性がないでしょう。

しかしそれ以上に、速報性がないと世間で価値を得られないこと、時間の経過によって急速に価値が低下することもあり、試合のレビューは職業人にしか向いていなさそうだと思います。そして、一般人だからこそ価値を提供できる内容は別にあり、それを目指していこうという話です。


最後にまとめです。

・情報は「フロー」「ストック」といった性格を持つ

・サッカーの試合レビューはフローであり、速報性がないと価値がない

・「思い出」はフローではなくストックである

・コミュニティで共有できる「思い出」にはストックの価値があるのではないか

・「一般人」は、サッカーについて個人的な思い出をまとめることで、社会に価値をもたらせるのではないか

といったスタンスで、今後サッカーの試合に関する観戦記を書いていくということです。最後まで読まれた方、長々と小難しい話にお付き合いいただき本当にありがとうございました。


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本編はここまでになります。
この先はおまけ部分で有料記事となります。本編だけで独立した読み物になっていますが、下記では例4~6として、僕の個人的なサッカーの思い出話を3編紹介しますので、興味がある方はぜひお読みください。

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著者 
円子文佳(まるこふみよし)

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・例4:ブラジルW杯、吉田麻也の嫌そうなパワープレー


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旅とサッカー観戦を趣味にしている人です。人間とは、世界とは何かということに興味があります。東京大学医学部医学科卒、卒業後は精神科医を十数年しています。養老孟司的世界観を持っています。「OWL magazine」プロジェクトオーナー。著書はありませんが今後もし出たら母親が喜びます
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