地方出身の生徒
お陰様で毎年たくさんの新入生を迎えるが、その中には地方出身者もいる。春、入学式ではソワソワしたような、また一部は虚勢を張ったような彼ら彼女らの赤い顔を見ると、若い頃自分自身寂しい思いや辛い思いをしたことを思い出す。彼らはほんの1ヶ月前には、友達や恋人と涙の別れをし、心配する家族に見送られてここ大阪での式典に臨んでいるのである。地方から来たそんな生徒たちを心から応援したい。潰れることなくたくましく成長してほしい。そんな思いもあり、10年ほど前から地方出身者の応援企画を1年間のスケジュールの中にいくつか入れている。ここで紹介してみたい。
入学してすぐあるのが新入生歓迎会である。新たに上級生となった2年生たちが新入生のために歌やダンス、また大阪らしく歓迎の漫才をしてくれる。そんな歓迎会のプログラムの中で、校長のトークショーをさせてもらっている。名付けて『田舎モン万歳』。私自身田舎モンであること、また田舎モンだからといって引っ込んどく必要などないことを色々なネタを繰り出して楽しんでもらう。ダンスが得意な生徒とフリを合わせて決めポーズまでやって恥をかいた(笑)こともある。
新入生たちは初めはみんな珍しそうに私を見る。なんとなればこれまでの学校生活において、校長先生が生徒の前でネタを演ることはおろか、話すことさえ全体朝礼や式典でしか見たことがないからだ。とにもかくにもこのイベントを終え、新入生も徐々に大阪に、美容に、そして本校に、それぞれ馴染んでいってくれるように。
GWの名物企画は『お国自慢物産展』だ。5月病が出始める入学後1ヶ月。初めて帰省する生徒をメインターゲットに、故郷の名物を持ち寄ってもらう。実家から通う生徒たちも、住んでいる街の物でも旅行先の物でも、何でもいいので1人1個出品してもらう。そして各クラス毎に選出された優秀作品(?)を全て玄関ロビーに並べ、展覧会として全員に見てもらうのだが、これが生徒間、また教員と地方出身者との話題に繋がったりする。ロビーに西日本各地の言葉が飛び交い、百貨店の『◯◯展』とはまるで違う雰囲気ができあがる。一人暮らしの生徒たちの顔も嬉しそうに見えて私も嬉しい。
毎年秋には地震があったわけでも津波に襲われたわけでもないが、一人暮らしをしている生徒対象に炊き出し=朝食会をやる。平素朝食を食べない生徒は少なくないが、一人暮らしの生徒はなおさらその傾向が強い。特に温かいものを朝お腹に入れることなどほぼないから、そんな生徒たちのために炊き込みご飯を作り、ウインナーや鶏肉を焼き、出始めたサツマイモなんかの味噌汁を作る。私は連日エプロンをして早朝から奮闘する。一度にたくさんは無理なので1日あたり5,6人ずつを数日に分けて、調理を手伝わせた後で朝食を提供する。もちろん片付けも全員でする。食器や調理器具も全て私自身が用意するのだが、このイベントでは教員1人にお願いしてアシスタントをやってもらう。不思議なことにこのアシスタントをすれば近い内に結婚できるという実績があり、ちょっとした話題にもなっている。
当日は実習室のホワイトボードにメニューを書き、テーブルと椅子を並べる。この2年というもの、残念ながらこの朝食会は実施できていないが、コロナが明けて今年あたりまた開催できるようになったら、部屋の入口に手作りの暖簾を掛けようかと思っている。開催中、いつも一人暮らしではない生徒も少数混ざっているが、細かいことは言わない。
思えば病気により妻が寝込んでしまって私が家事一切をした時期が数年続いたおかげ(?)で、それ以前に比べて調理技術は格段に向上したと思う。だから通常のメニュー程度なら材料と調料機器、調味料さえあれば大体は作ることができる。
卒業式での校長としてのあいさつは、もちろん全卒業生に対して行うが、私のメインターゲットは実は一人暮らしの生徒たちだ。不自由な生活や寂しい思いによく耐えた。国家試験を終えて卒業を迎えた日には、そんな思いで胸が熱くなる。
ところで卒業式の日にはそんな地方出身の生徒のお父様お母様からご挨拶いただくこともあるが、面白いことに朝食会のお礼を口にされることが少なくない。その中でも男の子のお母様からのお礼が明らかに多い。父母とその子供の組み合わせは、父⇔息子 父⇔娘 母⇔息子 母⇔娘 の4パターンがあるが、その中でも息子を思う母というものは、全国共通で心配の思いが一段と強いのだろうか(我が家でも全くそうである)。親にとっては子供というものは性別など関係なく、何にも代え難いものであることは変わりないが、男の子を都会に一人送り出す時、母親の心配は我々男にはわからないものなのかもしれない。
早いもので今年度も夏休みだ。色んな経験をして一段とたくましくなった彼らに9月に会いたいものだ。