時間の収支計算で生き方を眺め直す
時間は、未来に向かって永遠に続くように思えます。
しかし、自分の時間は身体を介してしか使うことができず、その身体はいつか死を迎えます。この有限の身体を通じて流れていく時間が「寿命」です。
誰も自分の寿命を知ることは叶いませんが、平均寿命や余命などを通じて大体の寿命を推測できます。平均寿命が大幅に伸びた現代では、自分に与えられる寿命も大きく伸びると考えるべきです。半世紀前と比べると平均寿命は30年も伸びています。
この与えられた膨大な時間をどのように使うか? 人生全体を対象にした時間マネジメントは、現代社会を生きる我々の新しい課題です。
動物の時間/人間の時間
「時間の使い方」に注目した時、使い方にはいくつかの種類があることがわかります。
一つは、動物としての時間の使い方です。
食料を食べて栄養をとり、安全や衛生を確保し、健康を維持するという身体を維持するという時間です。
ハンナ・アレントは『人間の条件』で、このような時間の使い方を「労働 labor」と呼びました。人間も動物の一種なので、動物と同じように身体維持のために時間を使います。この際、活動の結果生み出されるモノは即消費され、世界にはモノを残しません。
もう一つは、人間としての時間の使い方です。
アレントがあげたのは「仕事 work」と「活動 action」です。「仕事」とは人工的な生産活動であり、生産されるモノは耐久性を持ち、モノを残して世界を形作っていきます。
一方、「活動」とはモノを介さない他人との活動であり、議論であり、政治活動です。
なぜ、人間は「仕事」や「活動」ができるのか?
それは、ただ身体を「流れる時間」の他に、「蓄積された時間」を使うことができるからです。耐久性あるモノを生産する高度のスキルや、政治的活動を実現するコミュニケーション能力といった目に見えない知識やスキルが「蓄積された時間」の正体です。
知識やスキルは、活動する際の時間効率を高めます。そして省時間の結果として時間を生み出します。また、これらの知識やスキルは、何度でも引き出され、その都度、時間を生み出していきます。
このように、身体が活動を通じて獲得する知識やスキルは時間に換算することが可能なのです。
身体を巡る時間の循環
我々は教育によってまとまった知識を獲得し、また「仕事」などを通じて知識やスキルを身に付けていきます。その際、単に知識だけでなく、人的ネットワークや評判といった無形の資産も獲得します。
こうした知識・スキル・人的ネットワークなどが次の仕事や活動の場面で使われ、成果を生み出すという活動の循環を作り出します。
この活動の循環を整理してみます。
この活動は「身体」を舞台に繰り広げられる活動です。そこでは他でもない「時間」がやりとりされています。
まず、時間が身体にインプットされ、活動源となります。動物はそのまま身体に「流れる時間」を使うだけでしたが、人間はそれに加えて知識やスキルなど「蓄積された時間」も合わせて使います。
1年という時間を考えた場合、動物は「流れる時間」を1年分使うだけですが、人間は「蓄積された時間」を余分に使います。例えば1年間で「蓄積された時間」を1年分使うとすれば、人間は合わせて2年分の時間を1年で使うことになります。
こうした活動の結果、アウトプットは身体の外部に放出されます。
「仕事」であれば耐久性あるモノを作り出し、「活動」であれば政治活動や、自分の痕跡である「物語」を世界に生み出していきます。
しかし同時に、それらの経験を通じて新たな知識やスキルを獲得します。そしてそれが「蓄積された時間」となって身体に取り込まれます。
時間の収支計算(損益計算書)
こう考えると、身体を巡る時間について、時間の収支を損益計算書で表現することができます。
身体を動かす「費用」としての時間と、活動の成果としての「売上高」。
「費用」は「流れる時間」と「蓄積された時間」で構成されます。「流れる時間」は1年間であれば、1年と決まっています。
一方、「蓄積された時間」をどの程度使うかは人それぞれであり、そもそも蓄積された知識やスキルの大きさによって変わってきます。
「売上高」の多くは、世界に放出されていきますが、その一部は知識やスキルなどの「蓄積された時間」として身体に残ります。それが「利益」となります。
このように非常にシンプルな収支計算です。
時間の収支計算のポイントをまとめると、以下の四点です。
時間の収支計算で生き方を眺め直したい
これまで、個人の活動成果は、年俸などの金銭的・経済的な基準や、肩書きなどの社会的評価によってのみ表されてきました。
これに対して、時間の収支計算は、すべてを「時間」で評価するという新しい試みです。
経済的な基準を捨てて、時間の使い方のみで我々の活動を捉えた場合、どのように評価できるのか、どのような示唆を得られるのか?
これをライフワークとして検討を進めていきます。
(丸田一葉)
備考) ハンナ・アレント『人間の条件』 志水速雄訳、中央公論社、1973年
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?