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BARで呑む

ちょうどその日は仕事も早く終わり、真っ直ぐ家に帰る気分ではなかった。

空には大きな満月が、夜道を明るく照らしていた。
川沿いの道をのんびりと歩く。夏物のジャケットを手にかけながら。

川沿いに吹く風が、柔らかく感じた。額の汗を風が乾かしてくれる。
「今日は家には誰もいない」...今日は久しぶりに嫁がいなかった。
結婚から2年が経っていた。2人でいることが『当たり前』になりつつあった。

いつもは、仕事が早く終わると、早々に家に帰る。
途中、買い物をして、キッチンで缶ビールを飲みながら、夕食を作る。

そんな時間がとても気に入っていた。
大体缶ビールを1本飲み終わる頃、嫁がしんどそうな顔をして帰ってくる。

「バタバタバタ」っと

キッチンにやってきて、「お腹空いた〜」と小さな子供のようにせがむ。
出来上がりの料理を見て、一気に『笑顔』に変わる。

『そんな笑顔が大好き』だった。

2人で食事をする。わたしは当然のように2本目を飲み、
何気ない会話で笑顔が溢れた。

しかし、今日は珍しく嫁は泊まりでの出張だ。
夜は『会社の飲み会』と言っていた。
だから、『電話で話す』ことも今はできない。

夕食に『誰か』を誘って行く気分にはなれなかった。
今週は立て続けに『飲み会』があり、わたしも疲れていた。

わたしは、
『居酒屋』→『拒否』、『弁当屋』→『拒否』、『コンビニ』→『拒否』、
『定食屋』→『拒否』、『ラーメン』→『拒否』、『餃子』→『保留』、
『うどん』→『昼に食べた』、『家で食べる』→『飲み過ぎる!』。

と、「ぐるぐる、グルグル」考えていた。

『考えること』に疲れたわたしは、川沿いの歩道のベンチに腰をかけた。
手に持っていた『スーツのポケット』からタバコを取り出した。
この路地は禁煙エリアではなかったし、この川沿いの遊歩道も同じだった。

『つかれたわたし』は
「ここで缶ビールでも飲もうかな?」と言葉が漏れた。

空を見上げると、眩い満月が暖かな光を顔に降り注いだ。
「ぼーっと」月を見ていた。『月のうさぎ』を見ていた。

「ふぅ」と我に返り、長くしなだれた『タバコの灰』が土に触る。

わたしは『月のうさぎ』から、
通りの角にある『黒板の立て看板』に目が移った。

そこには『GUINNESS』と書かれていた。

わたしの中で『いい感じ』の予感がしていた。

お店から『ピアノの音』が聞こえてきて、『ジャズ』のリズムだった。
わたしは、タバコを足で地面に擦り付けると、『ジャズ』に吸い込まれるように
お店に入っていった。

お店に入ると、
右側にカウンターがあり、『ちょっと腰高の椅子』が綺麗に並んでいる
正面には、『4人掛けのテーブル席』がいくつかランダムに置かれていて、
左側の壁面には、『BOX席』が一列に並んでいる。

カウンターに1組のカップルが腰掛けていた。
わたしは「1人だけど、BOX席でもいいかな?」
とゆっくりとカウンターから出てきた『若い女性のバーテンダー』に聞いた。

すると、「いらっしゃいませ、どうぞ、お好きな席へ」と笑顔で答えてくれた。
わたしは、「カウンター席でも良かった」と思っていったが、
先客の『カップル』と距離を置きたいと思った。

その時は、
人と話すよりも、「『酒』を飲みながら、『読書』を楽しみたい」と思った。
別にこのお店ではなく、家でもできるが、
『ここのほうが』より『孤独』を楽しめると『強い直感』を感じた。
だから、わたしは『カウンター席』を拒否した。

わたしは、入り口に『一番近いBOX席』に腰を下ろした。
店内を見渡すとカウンターの中にいる『若いバーテンダー』と目があった。
こちらからも、あちらからもよく見える位置で『安心』した。

早速、メニューとおしぼりを手に持ち、『若いバーテンダー』はやって来た。

日頃から、
嫁以外の女性との会話は普通にあるし、「夜の接待」も普通にこなしている。
しかし、『普段とは違う』と感じ、少し『ドキドキした気分』になっていた。

はじめての『お店』とバーテンダーに感じる『色香』が、その理由だと感じた。

『若いバーテンダー』から『メニュー』をもらい、「パラパラ」とめくる。
わたしの中で「いつもと違うものにチャレンジしたい」とつぶやいていた。

「とりあえずビール!」が体に染み込んでいたわたしは、

『メニューの一番最初』にあった『GUINNESS』ビールを注文した。

わたしは、
この『お店』に来るまでは、全くもって、この銘柄のビールを頂いたこと
がなかった。
「知らないメニューを頼んだこと」がこの『若いバーテンダー』に
「バレないで」と一心に願った。

しばらくして、
『少し年上の男性バーテンダー』が『GUINNESS』を運んできた。
『何も知らなかたわたし』は不機嫌な顔になっていたと思う。

なぜなら、
ここに運ばれてくるまでに『相当な時間』がかかっていたからだった。

そう、
ご存知の方々はわたしが『見ていた光景』をご想像いただけていると思います。
『生ビール』で出された『GUINNESS』だったのです。
『GUINNESS』の注ぎ方は『他の生ビール』と違い『時間と手間』が倍以上かかります。

席から、カウンターの中を見ていたわたしは、
「なんで、こんなに時間がかかるんだ?」「さっき、泡だらけで注いでいたけど、普通じゃないけど、大丈夫だろうか?」と『玄人ぶって』見ていた。

『そんな無知なわたし』の前に『自信満々な男性バーテンダー』が詫びれもしないで運んできたものだから、さっきまでの『色香』に「メロメロ」が一気に冷めてしまったものだから、『不満と疑心』を隠しきれていなかったと思う。

「不味かったら作り直させてやる!」とそんな気概で、『初体験』を経験した。


「ごめんなさい。わたしはアホでした」と心の声が小さなつぶやきになっていた。


『男性バーテンダー』の『自信に満ちた笑顔』の理由がここにはあった。

これまで飲んできたどのビールよりも『泡がきめ細かく、まろやか』。
これまで飲んできたビールよりも『優しい苦味、濃ゆい旨み』。
これまで飲んできたビールよりも『温かな味わい、いつまでの蓋をしている泡』

が強く印象に残っている。

その日は、
『GUINNESS』を片手に、『読書と聞きなれないJAZZの音色』を楽しませてもらった。
必然的に『バーテンダー』さんたちとも仲良くなり、
「『もう常連客』になった」ような気分で、BOX席を占領していた。

気がつくと、0時を過ぎていた。
わたしは、『嫁のいない家』に帰った。

ベットに入っても『嫁のいない寂しさ』はなかった。

次の日の夜、
『この店』にわたしは夫婦で訪れた。昨日とは『違う楽しさ』を発見できた。

それからしばらくは、『GUINNESS』に夢中になっていた。

#ここで飲むしあわせ



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誰が見ても「綺麗な言葉」を紡いでいきたいと、理想を、希望を胸に。 日々精進しています。 どこかの、だれかのために役立てれば幸いです。 そんな私に少しの勇気をください。 ・・・◯◯