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今をつづる、24歳の私


夏が始まった、君はどうだ

車を運転していると、Mrs. GREEN APPLE の青と夏が流れてきた。
「夏が始まった、君はどうだ」
軽快なテンポと颯爽な歌詞で、夏を楽しめと言わんばかりに煽ってくる。そんなに嫌いな歌ではないが、ここ3年夏に期待はしてきていない。

2021年の夏、カーテンのしまった部屋で過ごし、涼しい部屋で1日が過ぎていた。死んだ顔でオンライン授業を朝から夕方まで受けた。
大学4年、多分病んでいた。

「すべてはエアコンのせい、だから調子が悪いんだ」

まーさのこころ

どこかへ行きたいのにいけないもどかしさと、心にたまった闇をすべてエアコンの風のせいにした。22歳の誕生日、髪をバッサリ切った。

2022年の夏、3年間関わった大きな教育イベントの運営ディレクターになり、8月の開催に向けて汗をかいていた。夏日の中でチラシを配り、お世話になる人にあいさつ回りをした。23歳の誕生日、コロナで対面開催中止を余儀なくされ、苦渋の決断の末、大泣きした。
この夏エアコンは1度もつけなかった。意地でも暑い夏と扇風機と一緒にいたかった。
多分、病んでいた。

今年の夏、1学期が終わった達成感に浸りながら職員室で1日涼んでいる。そのうち寒くなって長袖を着だす。「子供たちがいて、動いている方が健康だよなこれ」と、わけもなく立ち上がってみたりする。昼休み、近くの定食屋まで歩くのが暑すぎてバテる。毎日の給食の偉大さに気づく。

「私、サザエさんと同い年になったんだよね」と呟くと、小2の児童が「じゃあ買い物しようと出掛けて、財布忘れちゃうんだね。」とニコニコしてた。
24歳誕生日。小学校教員1年目の夏。


これでよかったんじゃないかな

昨年、教職大学院に進むも、とっとと現場にでたいなと願望に駆られ、中退。オンライン授業の病みがトラウマすぎて「学生」に飽きていた。12月に非常勤講師として働き始め、今年から担任として先生をしている。そこまで就職を急ぐ必要もなかったかと思いつつ、これはこれで「自己効力感を感じる日々」なので3年前の夏を繰り返さなくてよいと思った。

先生になりたかったのか、と言われると首をかしげる。私は人に興味があり、教育に出会い、たまたまこの職を選んだだけ。「そんな奴が先生になんかなったって」と言われたところで、それでも悩んだ上での私の選択だ。誰かにいろいろ私の人生を言われるほどの筋合いはない。「これはこれでよかったんじゃないかな」と、選んだ道を正解にしながら、みんな生きてるんじゃないのかしら。


4月になって得た初任給で、母と父にプレゼントを渡し、イタリアンを御馳走した。誇らしいと泣く母がいた。そして、80過ぎの祖母とサイゼリヤに行って、たらふくパスタを食べた。小学生よりも下手くそにフォークを握り、顔を近づけて音を立てて麺をすする祖母。「こんな店は来たこんねぇ」とうれしそうな顔があふれていた。祖母がフォークを使う姿は初めてみた。祖父とは寿司を食べにいった。口の周りにご飯粒が付いていた。
「これで」よかったと思った。いつかの私がなりたいと描いていた24歳になれたかは置いておいて、親たちが子育てへの達成感を感じることができたのなら、「親孝行のため」という生き方の選択も悪くないと初めて気づいた。誰かのために生きたいと思える私は、幸せ者だ。


ラタトゥイユの魔法

「先生、ラタトゥイユって何」
とクラスの男の子に聞かれた。いきなりなんだろうと思いつつ、一緒にタブレットで調べた。その3日後、給食にラタトゥイユがでた。
普段野菜嫌いの子供たちが、この日はおかわり大会で、みんな平らげた。同じ野菜なのに、トマトソースがあるだけで、こうも違うのか。


学校にいると、いろんな子たちの「色」が見える。
牛乳で身長を伸ばしたい子、喧嘩の理由を忘れたけど仲直りできずに困っている子、推しの子の「アイドル」のAメロを歌い続ける子。後ろまわりができるようになった子。掛け算がすらすら言えるようになった子。ラタトゥイユを初めて食べる子。

学校は、子どもたちの成長に立ち会う現場であふれている。だからこそ、この子たちの「初めて」をもっともっと神秘的にとらえ、責任を持たなければならないと日々思う。


子どもたちが、苦手なものを好きになれるように、新しい学びにつながるように、私はどうやってその授業や場を展開しようか悩む。これはラタトゥイユの魔法と同じだと思う。子供の思考を見つめ、趣向をとらえ、どうやって野菜をおいしく食べてもらうか、ラタトゥイユづくりに励むのだ。「いい料理(授業)ができた!」と思っても、子どもたちの反応が違い、「失敗した」と反省する時もある。また、まさかというタイミングで反応が最高にハマる料理(授業)もある。

どの子にも合うトマトソース(授業方法)があるならだれでも手に入れたいが、それはたぶん何十年経っても出会えない話。あくまで化かすための「魔法」でしかなく、先生というのは子供にあわせて調合を変える努力を惜しんではならない。そう初心に刻んでいる。


私の成長曲線が低迷しているぞ

「この字習ったっけ?」黒板に字を書きながらいつも思う。この字は習ったとか習ってないとか、そんなことをいしきする日々がふえた。

先生になるまで、自分の学びが止まったときはなかったと思う。それはつねに学びにどんよくで、新しいことをえるひびにふれていたからだ。それが今、子どもたちに合わせた言葉づかい、言語りょうで会話するようになった。ごらんのように、一気に心地わるさに対面する。
(以上小3までに習う漢字のみで記述)

自分が持ち得る知識量と言語量をすべてフル発揮する社会人と違い、アサインだの、アジェンダだの、クライアントだという言葉は、この世界では役に立たない。

学校において、すべての学びの主役は、子どもたちであるからだ。

先生は、子供たちが習った漢字を使い、彼らが知りえる限りの言葉で会話をする。そのうち私みたいな学びに貪欲な変わり者は、自分の言語力が落ちた気がしてならなくなり、ほかの24歳よりも自分の成長曲線が低迷してはいないか不安になる。
私にとっては知っている漢字、知っている教科。子供の歩幅に合わせる仕事が何十年も続くのは、私には難しすぎると感じる時がある。これは私のわがままではなく、本能的に、自分の力を制限される場にいるのは疲れるのだ。

「学びを止めない教師」でありたいが、それは、先生として子どもの成長の伴走がうまくなることだけではない。「24歳の私自身が今日よりも成長しつづけること」だと思う。私が新聞を読み続けるのも、英会話をつづけるのも、いろんな人と関わりたいと思うのも、私自身がもっと成長していたいから。

「先生」でないときの、今日を生きる若者の私も大切にしたい。


「今をつづる」が誕生日のウィッシュリストの1つだった今日。言葉を形に、思いを留めて。

24歳の夏休み、なにしようかな。







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