見出し画像

民具がもつ情報

人間生活に関わって製作され使用される物の全部が民具だ。そこには多様な形態で人間生活の情報が刻み込まれている。

第一に用途という情報

基本的な情報であり、誰もが最初に注目する情報といってもいいだろう。ある道具をみつけるとき、何に使うものだろうと気になるものである。

第二に用途から生業や文化という情報

道具は何かを達成するために製作されるものである。つまり民具の存在は達成される何かがあることを示唆する。本来の用途とは違った使われ方をする場合もあるだろうが、それは副次的なもので大抵そこにあるから副次的な用途が発生する。そして逆にいうと達成される何かに向かってその構造は特化していくのであり、よって他に転用することは難しい、あるいは適さない(壊れやすい、空間的に入り込めない形状など)。

第三に地域性という情報

地域というのは地勢的に制約をうけるから、文化も自然と当該地域に独特のもの、同等の地勢条件をもつ他地域との共通性を見出すことができる。このことは民具学を内包する民俗学にも有益な資料性を民具のなかに見出せるということだ。また制度、禁制の影響をうけ、地勢的には出現しうる文化が抑制されるということもあるだろうし、反対に制度が奨励した文化は当該地域をそれに染めていくだろう。こういった地域性を把握するには当該地域の民具をより多く収集(情報だけでも)することが重要である。一次資料はえてして集まるほどに雄弁に当時を語りはじめるものだ。

第四に痕跡という情報

使用されたものは必ず損壊を生じている。考古学で出土品の意味を探るときにも痕跡は重要な情報であるが、民具においてもそれは同様である。靴の底がどう擦り減ったかを見れば、そこから使用者の姿勢を割り出すことができる。痕跡には汚損、欠損、摩耗、変色、焼痕等々さまざまなものがある。

第五に身体技法という情報。

道具の取り扱い方というのは大抵成熟しているものだ。そこには身体技法が包含されている。たとえば大八車のような運搬具となれば、牽くのに適した、あるいは突くことに適した構造へと考慮されている。同一文化内ではこの運動が抽象化され、別の場面でも使用されているということがある。

第六に素材という情報

素材はその道具の耐久度や信仰にも関わってくる。以前書いたが、稲はまずは食糧としての価値があるだろうが、米を覗いても、藁が莚になったり土壁の骨材になったりと様々な利用法があり、そして素材は信仰の対象ともなっていくのだ。信仰というと一般に宗教的で自分たちの生活から離れたところにあるもののようだが、言ってみれば石油に関する信仰、ステンレスに関する信仰のように、さまざまに流用されることで形成されるそれへの価値的観念といってもいいだろう。

第七に工法という情報

素材を加工し組み立てて道具になるところには工法がある。工法は知恵であり、たとえば籠をどのように編むかはその知恵によっている。工法はたいてい伝播し流入してきたものだといえるだろう。そこで地域間の交流が何かしらのかたちで存在していることを示す。

第八に流通という情報

民具のなかには当該地域で製作されたのではないものも存在する。流通品だ。民具としてみるとき、流通品だからといって資料的価値が低いということはない。そこには流通があるという情報も含まれ、第七の情報と同様に地域間交流の痕跡とみることができる。また、当該地域のみで広く流通しているものなどから地域内に製作者がいたのかもしれないと考えることも可能になってくる。流通品ゆえに非正規的な作業に用いられるということもあるだろう。それは痕跡によって見出される場合があるだろうと思う。

第九に呼称という情報

全国的に広く用いられる道具でも、地域ごとに呼び名が違うというのは考えられることだ。呼称はその道具の捉え方が示されるだろう。また方言学的な資料でもあるだろう。馬に牽かせる耕作具である馬鍬はマグワと呼ばれたりマンガと訛って呼ばれる場合があるようだ。別の道具の呼称が当てられているという場合もあるだろう。

ざっと思いつくものを挙げた。以上は民具をみていくなかで見出していったものではあるが、そればかりに限らず、このように多様な情報を資料が宿しているということはどの分野においても言えることだろう。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?