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感情の同期

人と接している時に、自分の感情が動く。

その感情は、きっと自分一人の感情ではない。

どうしようもなく怒りが湧いてくる時、それは自分だけの怒りではなく、今まさに目の前で接している人が感じている怒りを請け負っているのかもしれない。

どうしようもなく不安でそわそわする時、それは自分だけの不安ではなく、今まさに目の前で接している人が感じている不安を請け負っているのかもしれない。

その感情の同期は、ネガティブなことだけに起こることじゃない。

どうしようもなく愛しいと思う時、それは自分だけが愛しいと思っているのではなく、今まさに目の前で接している人も、自分のことを愛しいと思っているのかもしれない。

そういう感情の同期というのは、よく起こり得ることだろうと思う。

でも、もしそうだとするなら、世の中に片想いなんて存在しないはずじゃないかという反論があるだろう。

たしかに、自分が愛しいと感じている時に、相手も同じように愛しいと感じているのだとしたら、片想いなんて存在しないはずである。

しかし、片思いは実際にこの世に存在する。

この矛盾を説明するときに、感情の同期を否定するという考え方もあるのだけれど、個人的には、感情の同期はあるんじゃないかと思っているので、仮に感情の同期があるという風に考えて、片思いが生じる場合というのはどういう場合かというのを考えてみる。

①感情の同期はしているのだけれど、自分の感情に気付いていない人に恋した場合

感情の同期はなされていて、一方は自分の感情に気づいているのだけれど、もう片方が自分の感情に気づいていないために、片思いとなる。

②感情の同期はしているのだけれど、社会的に適切な関係となり得ない場合

これも感情の同期はなされているのだけれど、社会的な立場などがある場合(例えば、既婚者とか、教師と生徒とか)、結ばれずに片思いになることがある。

③感情の同期がなされない人であった場合

基本的に、感情は同期するものだと思うのだが、ごく稀に、感情の同期がなされない人間というのが存在する。そういう人間に恋愛感情を抱いた場合は、結ばれずに片思いの状態になってしまう。しかし、そのような感情の同期がなされない人間に恋愛感情を抱いてしまうあなた自身が、もしかすると感情の同期がなされない人間なのかもしれない。

意図せずホラーチックになってしまったが、カウンセリングをしていても、感情が動かないクライエントというのが少なからずいて、精神科では「失感情症(アレキシサイミア)」と呼ばれたりもする。

そういう人に対しても、こちらが想像力を働かせながらお会いしていくことで、何か糸口が見えてきたりすることもある。

たとえ感情は動かせずとも、クライエントの役に立つことをば。

そんなスタンスで、明日も尽力します。

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