仮想スナック「花の名」
今まで平々凡々の半生だけど…
疵痕を持った者ばかりが足を運ぶような、場末のスタンドのママになりたい。
都会の方では「スタンド」とは言わないらしい。それは「スナック」だと言われた。
入口の木のドアは少し細くて、人ひとり擦り抜けるのがやっと。
カウンターに丸い革張りの椅子が5つ。奥に4人が詰めて座れるボックスがひとつ。・・・くらい。
カラオケは無し。メニューも無し。
私の決めた「美味しい」肴と、たまにはご飯も。
そんなスタンドには、昭和の懐かしい曲が流れる。
酒がまったく飲めない父は、私の結婚が決まった頃くらいから、帰宅の時間が遅くなった。父との確執は別の機会に書くとして、わだかまりの多い父子だったが、一度だけその行きつけのスタンドに一緒に行ったことがある。
「美砂」という名のママで、店の名もまた「美砂」だった。
左の手首に大きな疵痕のあるママは、父が亡くなったときに配達員が見えないほどの大きな花束を贈ってくれ、その花束を棺の上に乗せて、父は荼毘に付した。
書きながら、思いだすと涙が流れる。
人は、過去の痛みの経験で、誰かの辛みを汲めるんじゃないか。
そう思えば苦しみもまた味わえる。
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