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No. 7 あるイタリア人家族の"おもてなし"🇮🇹

数日前に投稿した、No. 4の続きのエピソードだ。


2018年秋に渡伊して以降、3年半待ち望んだ良い練習環境が、ようやく整った。運良く、街のとあるお店に未使用のスペースがあり、そこにピアノを置いて練習をさせてもらえることになったのだ。

新たな環境でスタートをきってから10日経った頃、1人の男性が帰り支度をしているところに入ってきた。上の階に住んでいる、小さな赤ちゃんのいるご家族の主だった。"はじめは1,2日のことだと思っていたけれど、毎日四六時中ピアノの音が聴こえる。しばらくは遠慮をしていたが、これ以上この状況に耐えることはできない。あなたにはこちらから強制的にここでの練習をやめてもらうことはできないが、どんなにあなたが素晴らしいピアニストでも日常を暮らすうえでは不便に感じている。申し訳ないが、ご理解いただけるか。"と、静かに話して去っていった。

お店の営業時間に合わせ、音を出せる時間をオーナーや店員とも話し合った上で決められた時間に則って練習をしていたため、私だけでなく彼らにとっても想定外のことではあった。ここでの練習は、10日にしてあっけなく終わりを迎えたかに思われた。その直後、1日3時間の練習なら可能と決まった。決して十分ではないが、それでも毎日一定の練習時間を確保できることに、ほっと胸をなでおろした。こうした場所、時間があることは、本当に貴重なのだ。

その翌日、練習をしていたら昨日の男性が入ってきた。何やら両手にトレーを持って。そして、奥様と赤ちゃんも一緒に。ご家族揃ってご挨拶にいらしたのだ。"あなたへのお詫びと感謝に。"と。
ご夫婦とは改めて自己紹介をし、しばしの間和やかにお話をした。お家で淹れて来たホットコーヒーを、その場でポットからカップに注いでくれて、砂糖ポットから砂糖もその場で好みに合わせて追加してくれて、美味しいコーヒーをふるまってくださった。おまけに、ブリオッシュも用意してくださっていた。イタリア式朝食だ。
少しでも穏やかであたたかい時間を共に過ごそうと、これを機にこれからよろしくという気持ちを込めて、訪問してくださったのだった。そして、貴重な練習時間を奪っては悪い、と、5分ほどでいなくなっていった。

私は彼らの気持ちをとてもよく理解する。どんなに素晴らしいピアニストにだって、1日中音を鳴らし続けられたら普通は忍耐が持たない。たとえ音楽愛好家であっても、そう感じるだろう。音楽をあまり理解しない人にとっては、なおさら苦痛である。おまけに、防音室ではないため、ピアノの音は筒抜けではっきりと聴こえる。
だから、俗に言う、"苦情"を、私は全く不快に思わなかった。むしろ、当然のことだと思った。音楽に親しみがない、とおっしゃっていた彼らが、それでも私の置かれた状況全てに対して理解と敬意を持ち、歩み寄ってくださったことに対して、感謝の気持ちでいっぱいになった。そして、最高にあたたかい心遣いに胸があつくなった。

あれから、たまに外で会うとにこやかに挨拶をしてくださる。立ち話をすることもある。気にかけてくださっているのが伝わってくる。また一つ、素敵な出会い、ご縁に恵まれた、と感じる。与えられた環境の中で、感謝の気持ちを忘れず自分のできる最大限を尽くそう、と改めて思った。

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