『ふりかえるとよみがえる』 # 毎週ショートショートnote
毎日この時間になると、母は私を連れ出した。
幼い私を背負い、ゆっくり歩いた。
自分の歩みに合わせて、時の流れも緩やかになると信じているかのように。
この時だけ、母は少し優しくなる。
微かに鼻歌の聞こえることもあった。
厳格な父を支えるために家事をこなし、唯一気の抜ける時間帯だったのだろう。
行き先は、いつも近くの河原。
走り回る子供たちの声が聞こえる。
ボールの弾む音。
犬の鳴き声。
母は私に語ってくれた。
遠くの山の向こうに沈む夕日の美しさを。
その姿を映した川面のきらめきを。
この世界には、こんなに綺麗なものがある。
どんな時にも、忘れてはいけない。
帰ろうとする母の背中でなお、私はその方向に振り向き続けた。
夕日を語る母の気持ち。
その時の私には、まだ理解することができなかった。
時がたち、あの頃の母の歳も既に通り越した。
今でも、あの夕日は、振り向けば鮮やかに蘇る。
そして、今ならわかる。
盲目の子を背負い、夕日の美しさを語る母の気持ちが。
『本作品はamazon kindleで出版される410字の毎週ショートショート~一周年記念~ へ掲載される事についてたらはかにさんと合意済です』
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