見出し画像

旅立ちと社会の窓とランナウェイ

下書きの中には、タイトルだけ書いてそのまま放置しているものがたくさんある。
その中に、この「旅立ちと社会の窓とランナウェイ」があった。
苦い思い出だけれども、季節柄でもあるので、このタイトルで書いてみよう。

僕は大学受験のために一年間浪人した。
高校3年間は、まったく、文字通りまったく勉強しなかった。
覚えた英単語は入学して最初に出てきた「bamblebee」のみ。
たぶん教科書で春が舞台になっていたのだろう。
なぜこの単語だけ覚えているかというと、同じ野球部に鼻の丸い奴がいて、この単語が出てきた瞬間にそいつのあだ名がバンブルビー、マルハナバチになったからだ。
ようやく3年の2学期あたりからシケ単を覚え始めるが間に合うはずもない。
現役で受けた大学は全てアウトだった。
その頃には、大学は東京に行こうと決めていた。

もともと、大学に入ったら一人暮らしがしたいと両親には話していた。
ある日、1人暮らしやったら、京都でなくてもいいんちゃうんと思いついた。
高3の秋に、友人と東京に遊びに行った。
あいにくの雨模様だったが、その時に見上げた新宿の高層ビル。
そのてっぺんは雲に隠れて見えない。
それまで、頭を雲の上に出すのは富士山しかないと思っていた。
東京の大学に行こうと思った。

しかし、すべて不合格となり、どうするか。
浪人は最初から覚悟の上ではあったが、その間をどう過ごすのか。
自分の意志の弱さから、宅浪では無理だろうと京都の駿台に通うことにした。
今では校舎も増えているようだが、当時は堀川丸太町にしかなかった。
今は無きホテルニュー京都の隣にあり、トイレからホテルに泊まっているお姉さんと目が合ったりしたのを覚えている。

その予備校で僕は恋に落ちる。
背は低めで、長髪の黒髪。
普段はメガネをかけていてそんなに目立たない。
僕も全然気にはしていなかった。
しかし、ある日、自習室で勉強していると、斜め前に座っていた彼女が少し疲れたのか髪をかきあげた。
そして、メガネを外した。
その瞬間を僕は見逃さなかった。
二重の長いまつ毛
濡れた瞳。
すぐに周りを見渡す。
気づいた男子はいないようだ。
うわ、俺だけが知ってる。

僕は、同じ高校から通う数人の友人の協力を得て、彼女の情報を集め始める。
徳島出身で、近くに下宿をしてこの予備校に通っている。
クラスは、国立文系コース。
ちなみに僕は私立の文系。

ああ、守ってあげたい。
この頃はまだユーミンのこの歌はリリースされていない。

友人はみんな、「いけ、いってまえ」とけしかける。
誤解のないように言っておくと、この時の「いってまえ」は、「告白してしまえ」の意味なので、決してそんなお下品な意味ではない。

僕は、
「いや、今はお互いに学業が本分だ。そんなことで彼女の邪魔をしたくない」
そして、いつも彼女の視界の2時か10時の位置について盗み見る。
そんなストーカーのような、ようなではなくそのものの行為しかできなかった。

そして、年が明ける。

私大の試験は国立よりも早くて、確か2月にほとんどが行われていたと思う。
試験が始まるともう予備校に行くこともない。
僕は、受験期間中、叔父の会社が出張用に借りている四谷のマンションに住まわせてもらうことになっていた。
もちろん無料なので、何日か前に入らせてもらう。
いよいよ出発の朝。

僕は決行した。

予備校の近くで彼女が来るのを待つ。

朝靄の中に揺れる人影。

来た。

何と言ったのかは覚えていない。
多分、「好きです」という意味のことには違いない。
そして、振られた。

当然だ。
向こうからすれば、見ず知らずの男にいきなり告白されて、ウンと言えるはずもない。

立ち去る彼女を見送り、ひとりになってふと視線を落とすと、
「おおおーーー」
社会の窓が、チャックが、大きく、これでもか、これでもかと開いている。
「俺は、俺は、ただの変態だったのかぁーーーーー」
振り向いても、彼女の姿はもうなかった。

家に帰って、テレビをつけると、こんなCMが流れていた。

悲しさと恥ずかしさと後悔の中で、僕は東京に旅立った。

「ランナウェイ」

以来、あの日の自分を痛めつけるかのように、僕はこの歌を口ずさみ続けるのだった。

この記事が参加している募集

思い出の曲

眠れない夜に

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?