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『暁の星』

見張りは完璧だ。
警察も協力してくれている。
この屋敷の主人が私的に雇った警備員も随所に配置されている。
アリ1匹、クモ1匹出入りする余地はない。
屋敷の隅々、大きな庭を囲う塀の隅々にまで、警戒の目は光っている。
監視カメラも死角の無いように設置されている。
もちろん、いつの間にか静止画像に切り替えられているなどということは、想定済みだ。
映像の中を絶えず誰かが横切るように配置している。
一定時間動きが止まると警報が鳴る。
映像の中を横切るのは少年探偵団の役割だ。
ひと通りの指示と確認を終えると、
「来るならこい」と小林少年は独りごちた。
そして、明智先生に報告に向かった。
明智先生というのは、もちろん名探偵、明智小五郎のことだ。

怪人二十面相から予告があったのは3日前のことだった。
「暁の星をいただく」
時刻は今日の深夜0時まで。
暁の星とは、この屋敷の主人が所有するダイヤモンドだ。
世界中の富豪の間を渡り歩き、今はこの屋敷に落ち着いている。
明智先生から、その予告状を見せられた時、小林少年は二十面相の高笑いが聞こえたような気がして、歯軋りをした。
そして、決して渡してなるものかと闘志を燃やした。
警察の中村警部とも綿密な打ち合わせをした。
今夜こそは、あのにっくき二十面相の鼻を明かしてやる。

小林少年はドアを開けた。
その部屋の中に、暁の星は保管されている。
屋敷の主人しか番号を知らない、大きな金庫の中に入れて。
そして、その部屋には、屋敷の主人と、明智先生、中村警部が控えている。
小林少年が中に入ると、明智先生が椅子に腰掛けて足を組んでいた。
しかし、屋敷の主人の姿も、中村警部の姿も見えない。
思いがけない光景に、キョトンとする小林少年に明智先生は笑いかけた。
「大丈夫だよ、2人とも別の場所で元気にしているさ」
明智先生は立ち上がった。

「さて、僕はこう思うんだ。僕たちの戦いにおいて」
明智先生はそう言いながら、部屋の中央に据えられた金庫に手をかける。
「僕たちの戦い、つまり、二十面相君との戦いだが」
小林少年は話の先が見えずに、緊張から唾を飲み込んだ。
「二十面相君との戦いだが、いち度は負けてあげるのが礼儀だとは思わないかい」
先生の話が理解できなかった。
「僕は思うのだよ。もしかすると、彼はもうすでに盗み出しているのかもしれないとね。どうだい、小林君」
小林少年は返事をすることもできずに、固まっていた。
「では、ここで君に問題だ」
先生は歩きながら人差し指を上に向けた。

「僕が、怪人二十面相ではないという証拠を3つあげてみたまえ」
明智先生は小林少年の後ろに立つと耳元に口を近づけた。
先生の息が首筋にかかる。
葉巻の匂いがした。
「あるいは、僕が怪人二十面相であるという証拠でもいいがね」
小林少年の足は、音を立てて震えている。
顔面は蒼白だ。
先生は続けた。
「世の中には、謎を作り出す人間と、謎を解く人間がいる。僕は、そのどちらにもなりたいのさ。謎はうつろい続ける。この暁の星のようにね。」
背後で素早い風の動きを感じた。
振り向くと、先生の姿は消えていた。
窓が開き、真紅のカーテンが風に揺れていた。

その時、途方に暮れる小林少年の背後でドアが勢いよく開いた。
「え、先生!?」
「さあ、小林君。これからが本番だよ」




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