震災時のIR情報発信を振り返る

 今日は、東日本大震災から10年。もう10年、まだ10年。メディアでもSNSでもあの日を振り返る記事が続いている。
 私は「あの日」、会社にいた。そして直後から投資家対応に追われた。

 『楽天IR戦記』にもそのことを書いた。伝えたかったことはふたつ。①非常時の企業情報発信の難しさと、②非常時にはプロの機関投資家さえも社会的な使命に共感を示したことだったが、納得のいく文とは言えなかった。
 もう一度ここに綴ってみる。

非常時の情報発信(証券取引所対応)

 この時は、適時開示(証券取引所の規則で、通常のプレスリリースより重要な扱いの発表文)をどうすべきかとても悩んだ。東証(当時楽天は大証ジャスダックに上場)の規則では、適時開示とは、”業績への重要な影響がある場合に”上場企業が出すもの。たとえば、私が楽天の前に勤めていたNECエレクトロクス(現 ルネサスエレクトロニクス)。同社は当時自動車向け半導体工場が被災し、甚大な被害を出していた。市場シェアが高いがゆえ自動車業界に大きな影響があり、マスコミ・投資家からも大きく注目され、逐一適時開示がなされていた。それに比べると、直接被害が軽微な楽天において、適時開示を出すべきか悩んだ。

財務上の重要性はないと判断

 3月11日から約1カ月の間、震災による業績の影響について国内の上場企業から東証に開示された適時開示は確かのべ数百本にわたった(前に調べたけど失念したので後で調べ直す)。投資家から見ると、通常よりも多くの情報が氾濫する中、重要な影響があるものだけを証券取引所に開示すべきなのか、軽微なりに適時開示すべきなのか、思案していた。社内では仙台に本拠地がある楽天野球団の被害に加え、間接的な被害として、楽天市場(EC)の出店者や楽天トラベルの契約施設等、つまりステークホルダーの被災状況などは定量的な情報があった。金商法の重要事実(インサイダー情報)に比べると重要度はかなり低かった。上長(役員)や広報部門のヘッドも含め、証券取引所の適時開示はルール上不要だという判断だった。(※追記 このあたり、東証と大証ではニュアンスが違っていたようである。)

社会的・情緒的な観点(非財務)ではどうか

 しかしこれらの事実は、業績に重要な影響がないとしても、私には、投資家、特に株主に対し発信したいことだった。なぜなら、長年の株主である海外の機関投資家たちは、投資先である企業だけでなく、日本のことをとても心配し、窓口であるIR担当の私個人にも、心のこもったお見舞いの言葉をかけてくれていたから。”Are you and your family fine?” いつもならYouは会社のことだけだけれども、今回Youはまず私自身と私の家族のことだった。その次に会社とその従業員、従業員家族のこと、そして日本全体のことだった。
 いつもお金のことばっかり考えていそうだと思われるプロの投資家からとてもたくさんの心尽くしのメッセージをもらった。それらに対し「私たちは大丈夫です」と伝えるべきではないかと思ったのだ。

 また、会社としては重要な事業パートナーであるECの出店者など、ステークホルダーを全力で支援していることも伝えたかった。今であればESG(非財務)的要素といえるだろう。

 しかし、重要事実でないとはいえ、特定の投資家だけに現在の状況を詳しく答えるのもフェアではない。フェアディスクロージャーとしてはどうなんだろう、とも迷っていた。タイミングがなかった。
(※東証のフェアディスクロージャールール施行前で、詳細なルールがなかった時代)

株主総会を契機にステークホルダーの状況を報告

 色々考えた末に、3月30日の株主総会でひとつ区切りをつけた。(株主と株主でない投資家には情報開示に一定の線引きをしていいことになっているという理解をした。)株主総会ではEC事業における物流の遅れ、仙台の野球場の被害、EC事業やトラベル事業のステークホルダーの被災件数などの事実を冒頭に個人の株主の皆さんに紹介した。そして、終了後、株主総会に来られなかった機関投資家(大株主)に同じ内容を英語にしてメールをした。

 今思うと、主に海外の機関投資家が、非常に心配してくれたのにそれに対して返答していないと思ったのだ。「私たちは大丈夫です」だけではなく「私たちは大丈夫ですが、私たちの重要なステークホルダーの中の一部には大変な状況の人たちがいるんです。私たちはその人たちを支援しています」ということを言いたかったのだ。もしESG的な重要性基準があったら、重要といえるものだったであろう。

 そしてメールを受け取った海外の株主もそのことをよく理解してくれた記憶がある。とても安心してくれていた。株主もほかのステークホルダーと将来をともにしていた。

コロナ禍で思うこと

 そして今、機関投資家(特に欧米)たちは、企業に従業員やビジネスパートナーを大事にするよう求めている。コロナ禍にあって、再びステークホルダーの利益と株主の利益が近づいてきていると思う。

 東日本大震災のあと、株式市場が経済的利益だけでなく社会的利益を尊重する機運は一年も経たずに薄まってしまったように思う。Afterコロナはどうだろう。厄災の影響の大きさと期間の長さが桁違いなので、もう少し長続きするような気がする。

END

IR(インベスター・リレーションズ)の経験などに基づいたテーマで記事を書いています。幅広い層のビジネスパーソンにも読んでもらえたら嬉しく思います!