見出し画像

なぜ上場企業はIRをすべきなのか?

なぜ資本金を出していない株主にもIRにも責務を負うのか?

 2023年は上場企業のMBOなどによる非上場化のニュースが相次ぎました。その裏には上場の意義を突き詰めて考えたプロセスがあったのでしょう。
 上場維持コストは東証上場費用や株主総会などにかかる直接的な費用のほか、IR (インベスター・リレーションズ) にかける経営陣の時間という重要な間接コストも含まれます。企業の経営者の中にはIRに時間など割けない、という人も残念ながら存在します。特に資本調達を最近行っていない企業のIR担当者から相談を受けることもよくあります。
  そこで2023年の“裏”IR系アドベントカレンダー4日目、この根本的な疑問「なぜIRが必要なのか?」をテーマに書きたいと思います。

1.     株式会社の起源:オランダ東インド会社

 株式会社の起源は1600年頃のオランダ東インド会社と言われています。大航海時代、新大陸への航海を事業とする東インド会社は欧州各国にありました。オランダが他の国と違ったのは、船主(株主)の出資の仕組みです。成功確率の低い航海ごとに出資を募るのではなく、複数の航海にわたり利益を株主と分け合えること、また船主の権利である株式は二次流通が可能だったことです。これを元に株主と会社の関係を考えてみましょう。

2.新株発行時の株主への責任

 まず新株発行時です。IPO時など新株を発行して資金を調達する場合、株主の出したお金は会社の資本金・資本準備金に入ります。

 会社はこの資本(株主から預かったお金)を使って事業を行います。1年経って、利益が出ればそれは「親会社株主に属する利益」として計上され、配当してもしなくても株主のものです。利益が出ていない場合や、利益が出ていても翌年以降の投資に回したい場合は、配当しないことができます。オランダ東インド会社が複数の航海にわたって利益を分配するようにしたことと通じるものがあります。
 ですから、元来株式の価値は、将来にわたって配当を受ける権利を現在価値にしたものです。

 これは配当割引モデルといい、配当が定率で成長する場合には定率成長配当割引モデルといい、イメージは次のようなものになります。
 株価は、将来の期待で成り立っているのです。

3.市場で購入した株主への責任 

 次に株式が二次流通した場合です。上場企業では株式市場で株が売買されるので、不特定多数に株主が広がります。既存株主が誰か別の人に株を売却した場合、新しい株主は既存株主に代金を払うので、会社の資本金は1円も増えません。


 ですが、繰り返しますが株価とは将来の期待です。新しい株主が払った価値もやはり将来の期待で成り立っています。市場で株価が上がるということは、既存株主の期待値より新しい株主の期待値が高いということです。新しい株主は、配当の権利だけでなく、期待にそぐわない場合にモノ申す権利(議決権)も一緒に受け継ぎます。

 経営者の中には、資本金を出してくれた株主には説明責任があるのは分かるけれども、市場で買った株主は資本金には寄与していないのに、なぜ説明責任があるのかよく分かっていないという人もいます。そういう人には、資本金を出してくれた株主が将来の期待」そのものである株式を、新しい株主に売り渡しているので、新しい株主にも「期待」への説明責任が発生すると私は説明しています。

 また経営者は、会社法上も株主から経営を「委任」されています。株主から預かったお金で事業をしていることを忘れないでいれば、IRの必要性が腹落ちするのではないかと思います。

4.あなたも実は株主

 1~3までの説明で「分かりました」という人もいれば、「それでもやっぱりあんな強欲な人たちを相手にしたくない」という人もいます。
 後者の人にお伝えしたいのは、「その「強欲な人」は、あなた自身かもしれません」ということです。プロの投資家の多くは年金や投信など一般の人の資金を運用していて、それはあなたの年金の一部かもしれないのです。

 自分のお金を運用しているのであれば、色々なことが気になりますよね?
 東インド会社の話に戻ると、一度船が航海に出てしまったら、航海の途中でも報告が欲しいですよね?船が今どこにいて、どんな速さでどっちに向かっているのか、知りたいですよね?それがIRです
 船の意思決定の仕組みには、陸にいる船主の目線も取り入れてほしいですよね?それがガバナンスなのです。

5.株価が上がるとできること、株価が下がると困ること 

 それでもまだ「株価が下がっても別に倒産しないし、気にしない」という経営者もいます。その場合には、株価が上がるとできること、株価が下がると困ることをリストアップします。まず株価が高いとこんな良いことがあります。

(高株価による機会) 
・低コストでの資金調達・資本増強
・株式を用いた低コストでのM&A
・株式報酬(ストックオプション等)や持株会を通じた役職員への利益還元

「特に不要」ということなら、株価が低いと困ることを考えてもらいます。

(低株価によるリスク)
 ・アクティビストによる現経営陣の追出し・事業再編
 ・他事業会社による被買収

 アクティビストの活動も活発になっていますが、最近は他の事業会社による買収リスクの方が断然高まっていると思います。経産省から、企業買収に関する指針が新しく出され、以前に比べTOB(同意なき買収)がやりやすくなりました。

 株価が低くても倒産しませんが、技術力や営業力があるのに株価(市場の期待値)が低い場合こそ問題です。その技術力などに期待をかけられる他の事業会社から見たら超お買い得なM&Aの対象となってしまいます。

6.上場の意義とIR

 それでもピンとこないなら、もう一度上場している意義が他にないか検討してもらいます。

  • 既存株主の保有株式の現金化の機会提供

  • (目に見えない)上場企業としての信頼感

 最低でも、この2点のどちらかで上場を維持しようと思われる企業の経営者はまだまだいらしゃいます。そうであれば、「陸で待つ船主」がいて、その船主は自分のお金を預かって運用している人かもしれない、と思ってIRを行ってもらいたいものです。

 このところ非上場を決めた企業の経営者の方々は、それらぜーんぶ含めてよく検討された結果、上場しない方が良いと判断されたのでしょう。正直言ってそういう会社もあります。
 ただし、可能性ではありますが、もしそこまで突き詰めて考えられたのであれば、自社の現状を理解してくれる良き株主と、良き関係を築けることもあったかもしれないと申し添えておきましょう。

 「株主の質は、経営の質」そうおっしゃった経営者がいらっしゃいました。短期の株価を上げようとすると短期的な視点の株主ばかり集まる。中長期のメッセージをIRを通じて我慢強く株式市場に発信していると、いつの間にか中長期の資金を運用する株主、その名も”patient capital”が集まると。

 2024年は、この根本的な上場の意義を一層問われる年となるでしょう。

[END]


IR(インベスター・リレーションズ)の経験などに基づいたテーマで記事を書いています。幅広い層のビジネスパーソンにも読んでもらえたら嬉しく思います!