【通信販売・私論】論理的な広告表現と感性的な広告表現
先日noteの記事で興味深い記事を読みました。
「ロジカル」から「呪術」へ・・・画像生成AIに「呪文」を唱えるようなやり方で社会を運営していく時代が来るという話|倉本圭造|note
その記事の中で特に印象に残った一節。
ここではロジカル、即ち論理的な考え方や表現の対義語的なものを「呪術的」として語られていると私は読み取りました。この論考がどのようなものかは、記事を実際にお読み頂ければと思います。
しかし私が今日ここで語るのは、その記事のような大きな観点ではありません。ただ、この記事に触発されたということで、あえて引用させていただいた次第です。
記事そのものも興味深い内容なのですが、私はここで書かれた「呪術的」「呪文」と類された表現方法の考え方から通販広告の表現についての妄想がわっと広がっていってしまったのです。一応断っておきますが、通販広告において実際に「呪文」を書くことはありません。ここでは、ロジカルの対義語としてどのような書き方がお客様に響くか?という観点について、触発された動機を基に考察してみたいと思います。
商品はスペックで売れるのか?
商品を販売する場合、商品の何を売るか?というのが非常に大事だと思っています。そして売るものとは、言い換えればお客様が欲しているものは何か?を想像することとも言えます。
例をあげます。ここにガラスで出来たグラスがあるとします。グラスのスペックは例えば以下のようなものです。
商品 グラス
原材料 ガラス
高さ 10㎝
直径 7㎝
重さ 200g
容量 250㎖
原産国 日本
食洗器 対応可能
参考価格 500円/個
特徴 割れにくい・シンプルで飽きないデザイン・プレゼントにも最適
メーカーや問屋から来る商品仕様書にはこんな感じで書いてあったりします。あとは商品写真がついていたりします。上には参考価格としましたが、仕様書だと卸価格やミニマムロットが書かれていたり、場合によっては参考小売価格が書いてある場合があります。後は納期とか支払い条件とかです。
さて、このスペックを見てどんな通販広告が書けるでしょうか?
これだけだと、儲けを減らして相場よりも安く売るくらいしか訴求点がみつかりません。そもそもこれだけでは高級品か一般品かもわからない。しかし特徴には「プレゼントにも最適」とか書いてあったりします。はてさて???
通販広告にも色んな広告がありますが、実際に見ていると実はこの程度の情報しか書いてない広告は結構あります。
ネット通販とかだと、ガラス製のグラスを買おうという意志を持った人が検索して、いくつかの商品を写真やスペック、価格とか送料とか納期で見比べる。そして自分の予算、用途、好みなどで選んで決定するという流れになろうかと思われます。
しかしですね。
これでは面白くないなあ、というのが私の商人気質だったりするわけです。
安さで勝負するか、お客様の好みに偶然合致した場合でないと売れる気がしません。仮にそれで売れたとしても、まあそれはそれで嬉しいとは思いますが、商人としては楽しくないのです。
売るための材料を探す
先に記したスペックだけでは売れないと思った場合、どうするかというと材料を探すことになります。メーカーさんや問屋さんに次のようなことを質問して回答を待つことになります。
原材料のガラスの産地はどこですか?その産地の特徴や歴史は何かありますか?
その原料はどこにでもあるものですか?
どこにでもあるとして、他に何か特徴、例えば色味が違うとか丈夫さが違うとか何かありますか?
高さはなぜ10㎝で直径は7㎝なのですか?そこに理由はありますか?
重さはなぜ200gで、そこに理由はありますか?理由があるとしたら、そう思った背景やエピソードはありますか?
割れにくいという特徴には、何か理由がありますか?同じ割れにくいでも、その材料や製法によって他とは異なる特徴はありますか?
などなどです。全部書くと長すぎるのでここらで割愛しますが、おそらくそれに類する質問があと100個以上は出せると思います。
回答がない場合はそこで終わりですが、回答があったとしたら、そこから更に質問を続けることになります。
「このガラスは手にした時の感触がすごくいいんですよ」という回答が聞けたとしたら、それは何故か、原材料の特徴なのか、作り方の特徴なのか、デザインの特徴なのか。
またそれがどうして分かったのか?などと更に訴求店になりそうな材料を探します。
仮に「原材料は寒いところなので、それが何か影響していると聞いたことがある」なんて返事があろうものなら、「寒いところの原材料は手にした時の温度感とかに影響を与えるとかあるのですか」なんて、もうロジカルさとは無縁の手あたり次第の材料求めて質問が続くことになります。
こうして集めた材料から、このグラスにしかない特徴というか、こだわりというか、差別化できる訴求点の候補を増やしていきます。
相手によって、このやり取りを楽しんでくれる人もいるのですが、呆れてしまう人もいました。でもこんな会話を繰り返していると、意外な情報が出てくることは結構あるのです。またメーカーさんからすれば当たり前すぎて情報と思っていなかったことでも、素人の私からすると、それは面白い!と思える情報が出てきたりもします。
自分の当たり前って、意外と他人には当たり前でないことは多いのです。そんなところから、思わぬヒットのネタが浮かび上がることがあるのです。
でもこうした情報って、黙っていたら先方からはなかなか出てこない。別に出し惜しみをしているわけでないのです。単にそうした情報で売れると思ってなかった、ということが多い気がします。情報はこちらから引き出そうとしない限り出てこないのだと私は思っています。
ターゲットが求めているのはどちらか?
ここでひとつ記しておくと、スペック主体の広告が悪いとは思っていないということです。
それでお客様が実際に興味を持ち、商品の購入に至ることも多々あるわけです。それで売れるならば、それでOKです。なにもメーカーさんを質問攻めにする必要はないのです。
スペックというよりも背景や経緯といった材料を集めて、いわゆる「ストーリー」を販売するというのが私の好みの領域です。私がその方が楽しいという理由でやっているだけなことも否定はしません。ただストーリーを売るというのがムダであるとか、間違っているとも当然思っていません。
どちらも正解です。
ただどちらを選択するか?という場面になったときに、自分はどちらを選ぶかで考えればいいだけです。
そしてもうひとつ大事なことは、お客様はどちらを望んでいるか?です。
どちらかと言えば、これが一番大事です。
しかし、お客様というと主語は大きすぎるのです。お客様にも色んな人がいます。
そうすると一番大事なのは、自分のお客様は誰か?という話しになります。
端的に言えば、誰をターゲットに売るのかです。
スペックで購入判断をする人をターゲットにするか、低価格を求める人をターゲットにするか、スペックよりもむしろストーリーを好む人をターゲットにするか、という選択をすること。そしてその選択に対して悔いなく楽しく向き合えるかどうかが問われるということになるのだろうと、私は思います。
知性に共感してもらうのか?感性に共感してもらうのか?
ストーリーを求める人をターゲットとして、物を売る選択を私はしたわけですが、私はそこにもうひとつの観点も加えていました。
それはお客様の求める「メリット」を売るということです。
先ほど、様々な情報を質問攻めにして集める話をしましたが、ただ闇雲に質問をしていたわけではありません。その情報がお客様の求めるメリットとリンクするかどうか、という観点から、質問の選択をしていたというところがあるのです。
先ほどのグラスでいえば、グラスに求めるメリットとは何でしょうか?
飲み物をついで飲むことができればそれ以上のメリットはいらない人もいるでしょう。でもせっかく買うのであれば、デザインのよさによって、それを持っている自分という気持ちや、それが棚に並んでいる部屋で生活をしているということもメリットとしてありそうです。
誰かと一緒に使う時に、「実はこのグラスなんだけどね」なんて言ってその蘊蓄を語る自分が好きな場合もあれば、それで誰かに楽しんでもらえたということもメリットになり得ます。
ストーリーを売るポジションを選択するということは、ストーリーのあるメリットを訴求することになります。先の蘊蓄とかの例でいえば、ロジカルなメリットというよりも、感性の領域に響くメリットが求められることになろうかと思います。論理性や因果関係の裏付けのある訴求よりも、心が感じる、魂に響く、ワクワクする、ゾクゾクする、といったニュアンスや感性的なストーリーを訴求することが大事なのだと思います。
そういう意味でいうと、物質を売るというよりも、絵や音楽のようなアートを売る感覚に近いものもあったかもしれません。
通販広告表現のこれから
冒頭に紹介した記事によると、これからのコミュニケーションはロジカルから呪術的に変わっていくと分析されています。「呪術」と書かれていますが、本当の呪文的なものではなく、ロジカルに導き出した言葉ではない、その対極にある感覚的な、感性的な表現が必要になっていくのではないか?という分析が私なりに考えるキッカケになったということです。
大多数のマーケットではなく、小規模のターゲットに向けてその感性に響く敢えて非論理的な、でも心がワクワクとゾクゾクとするようなストーリー。そうしたストーリーで、理由なんかどうでもいいような、その人たちだけに伝わるストーリーを紡いで言葉や写真、デザインで伝える。
そして届いた商品に「これだよ!これ!」って感じてもらうことで、買い手と売り手が信頼関係を築いていく。
その関係が強まれば強まる程、広告表現は分かる人だけに分かるまさに「呪文」化していく。
「呪文」化した表現は論理性や因果関係が明確ではないので、表現規制の対象ともなり得ることもなく、結果通販会社のコンプライアンス対策にもなり得るかもしれないと思ってみたり。
まあ、コンプライアンス対策はさておきですが、
規制ばかりが強まる通販業界の表現について、新しい活路になるかもしれない、なんてことを感じて今日の記事を書いてみたわけであります。