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金曜日の随筆2024:田中将大投手の自由契約に思うこと

また、私の運命を好転させる金曜日が巡って来ました。2024年のWK48、霜月の伍です。今夜の記事は久しぶりに時事ネタで、『東北楽天イーグルスの田中将大投手が自由契約』報道に対して、私が瞬間的に思ったことです。


帰国後のモヤモヤが爆発⁉️

東北楽天イーグルスの田中将大投手が、自らの意志で自由契約を選択したという報道を目にした時、真っ先に思ったのが、『帰国してから積み重なったモヤモヤが遂に爆発したんだろうな...』という事でした。あの誇り高きマーくんなら、MLBから帰国後の過去4シーズンの自分では納得いかない成績と周囲の醸し出す空気感に耐え切れず、熟考に熟考を重ねて愛着のあったチームを飛び出す決断をしたんだろうな…… と思い、全く驚きはありませんでした。

田中投手が、超一流の評価を受けるに値する輝かしい実績とファンの記憶に残る数々の名場面を生み出してきた名投手であることは疑いありません。1988年生まれの田中投手は、駒大苫小牧高校から2006年のドラフト1位で新興の東北楽天イーグルスに入団しました。名将・野村克也監督の下、ルーキーイヤーの2007シーズンは、11勝(1完封)7敗で新人賞を獲得しています。2013シーズンには24勝0敗1Sの驚異的な成績を残し、東北楽天イーグルス初のリーグ優勝・日本一獲得に絶大な貢献をしました。2014シーズンからは満を持してMLBのニューヨーク・ヤンキースに移籍し、2020年シーズンまでの7年間で78勝46敗を記録しています。タイトル獲得こそ獲得していないものの、名門ヤンキースの主戦投手の一人として活躍しました。2021年シーズンからは、古巣の東北楽天イーグルスに復帰しましたが、残念ながら過去4シーズンは、通算20勝33敗とチームの期待を裏切っており、2024年シーズンは一軍での登板が僅か1試合に終わり、契約更改と来季の去就が注目されていました。

この4シーズンは二度目の挫折❓

田中投手にとって2021‐2024シーズンは、不本意だったことは想像に難くありません。所属チームのエースを張り続けてきた誇り高き田中投手は、四年間の自分の戦績には全く納得していないでしょうし、自分自身に対して腹立たしい思いが強いでしょう。また、2023シーズン終了後には、チームで貴重な中継ぎを担っていた後輩の安樂智大投手のパワハラ問題が浮上した際、投手陣のリーダーを担う立場であり、諫める筈の田中投手が傍観していたとして、批判されたりもしました。

今回の自由契約選択を報じる中に「球団から期待されていない…」「チームの中に居場所がない…」と漏らしていた、という記事を読んで、不思議な既視感がありました。甚だ僭越ながら、自分自身が前職時代に感じた気分と全く同じだったからであり、途端に親近感が沸きました。

順風満帆に見える田中投手のキャリアの中で、この4年間は生涯二度目の挫折経験だったのではないか…… と感じました。最初の挫折は、全国をフィーバーに巻き込んだ”ハンカチ王子”斎藤佑樹投手に投げ負けた高校3年生の夏の甲子園だと思います。高校時代の田中投手は、大会三連覇のかかる駒大苫小牧高の超高校級エースとして大会前から世代No.1投手の評価を受けていました。打倒・田中を誓う同期の有望な高校球児たちは、”田中世代”と称されていました。ところが、夏の甲子園の激闘の後、その呼称は"ハンカチ世代”へと衣替えされ、世間の注目は、スター性のある斎藤投手へと集中しました。田中投手にすれば、大いにプライドを傷つけられた経験だったと思います。体調が万全ではなかった夏の甲子園の敗北に続き、雪辱を目指した秋の国体決勝でも敗れたことは、さらにショックだった気がするのです。

反骨心を燃やして乗り込んだプロ入り後は、再び立場が逆転し、田中投手は押しも押されぬ球界のエースへと上り詰めました。時に気迫を前面に出し、打者を捩じ伏せる田中投手のスタイルには、好感を持っています。今年36歳の田中投手は、節制を重ねればまだまだ現役を続行できる筈です。今回の挫折も乗り越え、来シーズンは別のユニフォームをまとい、再び快刀乱麻の姿を見れることを心待ちにします。

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